Webディレクターから働き方専門ライターへ 異色の転身を遂げたプロフェッショナルが語る自分に最適な働き方

作成日:2019年2月22日(金)
更新日:2021年5月25日(火)

働く中で感じる違和感。ビジネスパーソンであれば誰もが抱いたことがあろうその気持ち。しかし、それを突き詰めていくと意外な適性や天職につながるかもしれません。

みらいワークスがお届けする「プロフェッショナリズム」、今回のインタビューは、やつづか えりさん。
会社員として11年、2社を経験した後にフリーランスに転身。趣味で始めたWebマガジンがきっかけで現在は”働き方”に特化したライターとして活躍していらっしゃいます。会社員時代のお仕事から独立の経緯、そして今後の働き方改革のあるべき方向性まで、盛りだくさんのインタビューをぜひお楽しみください。

やつづか えり

今回のインタビューにご協力いただいたプロフェッショナル人材・コンサルタント

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、フリーランスに。2013年に組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』の運営を開始。くらしから始まる働き方提案メディア『くらしと仕事』の編集長も務める(2016年4月〜2018年3月)。Yahoo!ニュース(個人)オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、ICT、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆。2013年に第一子を出産。   ◆みらいfactory:http://miraifactory.com/ ◆My Desk and Team:https://mydeskteam.com/

やつづか えり

社会人大学院で多様な働き方に触れ、独立を決意

 

フリーランスとして働き方に関する取材や記事の執筆を数多く手掛けていらっしゃるやつづかさんですが、独立前はどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?

やつづかさん(以下、敬称略):新卒の時に入社したのは文具やオフィス家具のメーカーであるコクヨでした。学生時代はあまり社会を知らず、働くことに対しても前向きなイメージを抱けていなかったので、少しでも身近に感じられるメーカーを中心に就職活動をし、その中でも雰囲気が良さそうだったコクヨに入社を決めました。

配属されたのは情報システム部門で、社内の会計システム担当からスタートしました。99年入社は、社会的には“ITの時代”と言われ始めた頃で、文系出身者でもSEとして働くことがありうるということは頭ではわかっていましたが、まさか自分がそういった方向に進むとは思っていなかったので、初めはショックでしたね。

前向きに考えられるようになったのは、入社2年目に経験したプロジェクトがきっかけでした。社内の基幹システムを刷新するプロジェクトだったのですが、利用者側の部門の方々と一緒に仕事を進めるうちに、仕事に対する視野も広がっていき、「ITも面白いな」と思えるようになりました。

 

さらに、そのプロジェクトを通して“Web”というものにも興味が湧き、次は販売店向けの受発注システムを作っていた社内ベンチャーの人材公募に応募して参画しました。そこでWebの画面設計やユーザビリティ検討といった業務の面白さに目覚め、「もう少し一般向けのWebを手掛けてみたい」という想いが強くなったのを機に、6年勤めた時点でコクヨを辞め、ベネッセコーポレーションに転職しました。

 

現在のお仕事に直接つながるわけではない、情報システム部門からのスタートだったのですね。ベネッセコーポレーションに転職後、どのようなきっかけで独立を決意されたのですか?

やつづか:ベネッセでは、まず『進研ゼミ』の中学生向け会員サイトのWebマスターを担当し、エンドユーザー向けのWebをやってみたいという転職時の希望を叶えていただきました。

さらにその後、事業部毎に対応していたサービスのデジタル化を担当する部門が立ち上がったタイミングで、自ら手を挙げてそこに。それまで郵送で行なっていた通信教育の一部をインターネットで行なうために、各教科の担当者などから要望を聞きながら開発をするというのが主な仕事でした。

 

独立の一番大きなきっかけとなったのは、異動と同時に会社が勉強のために行かせてくれたデジタルハリウッド大学院です。それまではいわゆる大企業に勤めている人としか知り合うチャンスがなかったのですが、大学院には会社経営者やフリーランスの方もたくさんいて、「世の中には会社員以外の働き方をしている人がこんなに多いのか」というのを初めて体感しました。

当時は「独立なんてごく一部の“すごい人”にしかできないのだ」と思っていたのですが、実際に出会ってみると、意外と“普通の人”も多いのですよね(笑)。そういう人たちを知ることで「自分にもできるかもしれない」と感じましたし、「一度社会に出たからには働き続けなければいけない」というのも自分の思い込みだなと。やりたいことに足りないスキルや知識があるなら学べばいいんだと、そこからはそう考えられるようになりました。

そんな心境の変化から、ベネッセには申し訳なかったのですが、大学院を卒業してしばらくしてから会社を辞め、フリーランスになりました。以前から抱いていた「仕事の内容自体は面白いのになぜかモヤモヤする」という気持ちを、組織から離れることで振り切れるかもしれないと思ったのも、独立を決意した要因の一つでしたね。

 

実際に会社員以外の働き方を選択している人たちに出会い、ご自身も一歩を踏み出せたのですね。フリーランスになり、初めはお仕事の獲得も大変だったのではないですか?

やつづか:当時ベネッセでやっていたWebディレクターのような仕事をフリーランスになってもやっていきたいと思っていたのですが、ディレクションだけではなく実際に手を動かしてデザインや制作もできるとさらに仕事の幅が広がるだろうと思い、最初の1年はまずデジタルハリウッドの専門学校でWeb制作を学びました。

フリーランスとしての初めての仕事は、実はベネッセの元同僚から依頼されたもので、専門学校の授業がない日に週1~2日、業務委託でプロジェクトの手伝いをしていました。辞めた社員に対してもわだかまりなく接してくれる社風もあり、声をかけてくださって本当にありがたかったですね。

 

趣味で始めたWebマガジンがきっかけでライターに転身

 

独立なさって現在9年目だそうですが、先ほどおっしゃっていた「会社員時代に抱いていたモヤモヤ」は解消されたのでしょうか?

やつづか:「発注してくれた人に喜んでもらうこと」だけに集中できるようになり、だいぶ解消されたように思います。

これは私に真面目すぎる面や理想を追求しすぎるところがあるせいだと思うのですが、会社員時代は、ものづくりの過程で妥協が重なることや、それによって当初の企画とは異なるものができあがってしまうことに、なかなか納得できませんでした。大きな組織でものづくりをする以上、それはある程度仕方のないことなのですが、納期やコストなどさまざまな事情を考慮して進めていると、「初めの頃のあの素敵な企画と違うものになっている」と感じてしまうことが多々あったんですよね。

 

とはいえ、自分の仕事で同僚が喜んでくれたりすると「役に立てたのかな」と充実した気持ちになれるのも事実。ということは、フリーランスになって自分で選んだ仕事を一生懸命やることで、「とにかく目の前の人を喜ばせることに集中する方が私には向いているのかもしれない」。そんな想いもあって独立したので、自分が役に立てそうな仕事を自分で選ぶことができ、なおかつ、相手が喜んでくれる成果を出すことに集中できる今は本当に幸せだなと感じています。

 

フリーランスになってからメインとなる仕事を変えるというのは珍しいなと思うのですが、当初のWeb系の仕事から現在のライター業に変わった背景にはどのような経緯があったのですか?

やつづか:フリーランスになったことで会社員時代との働き方の違いを実感すると同時に、「会社員のままでももう少し自由に働けたのかもしれない」と感じることも増え、「働き方」というテーマに興味を持ったことが始まりでした。

当時「自由の少ないサラリーマン VSノマドで自由に働けるフリーランス」という対立構造が話題になっていたのですが、それに対し、「組織に属したままでも自由な働き方はできるのでは?」という違和感を抱きながら、働き方についてのさまざまな情報に触れていたのですが、会社に所属しつつ地方でリモートワークをしているエンジニアの方のブログを読み、「これだ!」と思いました。情報として表に出ていないだけで、“会社員であること”と“自由に働くこと”を両立している人も実在するのだ、と。

 

それを機に、「組織に属しながら新しい働き方にチャレンジしている人たちの情報を発信したら面白いのではないか」と考えるようになり、自分でサイトを立ち上げ、「新しい働き方をしている組織人を取材して記事にする」という活動を趣味の一環として始めたんです。

ライティングが仕事になったのは、その活動を3年ほど続けた頃でした。世間でも働き方というテーマが少しずつ盛り上がってきた時期だったのですが、長年私の活動を見てくれていたWebメディア勤務の知り合いが、「働き方に注目した記事を作りたいから協力してほしい」と仕事の打診をしてくれたのです。それ以降は、ライターとしてお声がけいただける仕事が増えるのに伴ってWebの仕事を減らしていき、現在は100%ライター業になっています。

 

趣味で働き方に関するコンテンツを作っていたのですか!面白いですね!ゆくゆくは仕事につなげたいという思いは初めからあったのでしょうか?

やつづか:いろいろな事例をインプットしておけば、いずれ企業の働き方改革をお手伝いするような立場になれるかもしれない、という思いは持っていましたが、あくまで漠然と想像していただけでしたね。一方で、書くことを仕事にするということは当初はまったく想定しておらず、やっているうちに「書くのは面白い!」と気がついたという感じでした。

 

これからの働き方改革のあるべき姿とは

 

これまでさまざまな働き方を見てこられたと思うのですが、今後の働き方改革はどのような方向に進めていくべきだとお考えですか?

やつづか:まず、誰もがその時々で自分にとって最適な働き方を選択できるようにする、ということが非常に大事だと思います。個人によって、たくさん働きたい時もあればペースダウンしたい時もある、いろいろな働き方を行き来できることが重要かなと。例えば時短勤務一つとっても、今はまだ、「一旦そっちを選んだら元には戻れない」ような雰囲気があると思います。会社と個人が頻繁に方向性を確認しながら働き方を調整していくことが必要なのではないかと思います。

二つめのポイントは、どんな立場であっても正当なフィーをもらえるようにすることですね。「雇用という枠を外れるのは怖い」と感じる人がまだまだ多い背景には、社員でなくなった瞬間に、きちんとした対価をもらえる保証がなくなってしまうからなのではないかと思います。もう少し公正なやりとりが可能になれば、個人が働き方を選びやすくなるのかな、と。

 

あとはやはり、社会保障を含めた各種制度の見直しも必要だと思います。いまだに会社員と専業主婦で構成された家族モデルを基準にさまざまな制度が考えられている感じがありますが、すべての人が働きやすい世の中になるよう、そのあたりも変えていくべきなのではないでしょうか。

 

現在の働き方改革では労働時間の規制も大きなポイントになっていますが、この点についてはどのようにお考えですか?

やつづか:健康面や思考力、仕事以外の活動への影響を考えると、長時間労働は基本的には望ましくない、というのが個人的な意見ではあります。「時間を制限すると成長も限定的となる」という議論もあるとは思うのですが、仮に時間外労働を禁止して労働時間が減ると、おそらく“何もしない人”“社外でいろいろな活動を始める人”とに自然と分かれていくのではないでしょうか。あくまで推測ですが、前者は「長時間残業をしていても成長スピードはそれほどでもなかった人」ではないかなと思いますし、後者は「労働時間の長短に関係なく能力を高めていける優秀な人」なのかなと。ですので、労働時間を規制することで成長の機会が奪われるという単純な話ではないと感じています。

 

もう一点、労働時間という観点において、「過労死ライン」の議論があります。これはもう少し時代が進めばこの不毛な議論が終わるのではないかと思っています。これからもっとテクノロジーが進化していくと、人の疲労度やメンタルの状態もITで正確に測れるようになり、それをきちんとモニタリングして「それ以上働いたらまずい」というアラートを出せるような仕組みが出てくると思います。そうなれば、「みんな一律にこの時間まで」という区切り方をする必要はなくなり、個々人の事情に応じた働き方がしやすくなるのではないかと考えています。

 

確かに、これだけテクノロジーが進化してくればそういう対応ができてもおかしくないですね。やつづかさんご自身は、これからも現在の働き方を続けていくご予定ですか?

やつづか:そうですね、自分としてはこの働き方が合っているので続けたいなと思っています。やるべき仕事を考え、自分で決められるというのは、フリーランスならではの魅力です。会社員時代を振り返ると「やる前から無理だと決めつけてやらない方を選択する」という場面が多かった気がするのですが、何事もやってみないとわからないですよね。フリーランスになってからは物事の考え方もポジティブになり、また柔軟になってきたと感じているので、これからも前向きにやっていきたいですね。

 

本日は貴重なお話をありがとうございました!

 

働く上で感じる小さな違和感を見逃さず、ご自身の気持ちに正直に“自分に最適な働き方”を模索し続けた結果、フリーランスに。さらには、会社員時代のキャリア・スキルとはまったく異なるライターという仕事にまでたどりついたやつづかさん。ご自身の「真面目すぎる」、「理想を追い求めすぎる」特性が会社員としての自分を苦しめていたというお話がありましたが、そんなやつづかさんだからこそ、未経験の領域でも信頼を得て、着実に実績を重ね、現在に至っていらっしゃるのではないかと感じました。

やつづかさんが働き方に関する取材を始めた2013年頃に比べると、現在は自由に働くビジネスパーソンは確実に増えてきた実感があるとのこと。今後より一層その流れが加速し、誰もがその時々で最適な働き方を選べるような社会が来ることを、私たちも願っています。