「家族を大切にするために-」 鍼灸師からエバンジェリストへの転身を遂げたプロフェッショナルが選んだ“生き方”と“働き方”
切っても切れない関係である“生き方”と“働き方”。多様な働き方が認められ始めている今、理想とする生き方から逆算して働き方を選ぶことは、悔いのない人生を歩むために欠かせないことの一つなのかもしれません。
みらいワークスがお届けする「プロフェッショナリズム」、今回のインタビューは渋谷雄大さん。
ポストとして設けている企業がまだまだ少ない“エバンジェリスト”。渋谷さんは現在その役割を複数の企業で兼任し、“プロのエバンジェリスト”としての道を歩んでいらっしゃいます。稀有なそのポジションには、どのようなキャリアを経て到達したのか?そして今後の展望は?実現したい生き方から逆算して働き方を選んできた渋谷さんに、たくさんのお話を伺ってきました。
渋谷 雄大
今回のインタビューにご協力いただいたプロフェッショナル人材・コンサルタント
スポーツトレーナー・鍼灸師を経て、ICTコミュニケーションズ株式会社に入社し、研修講師や教育コンテンツ制作に従事。2018年9月に独立し、株式会社MOVEDを設立。自身の会社の代表を務める傍ら、サイボウズ株式会社のエバンジェリスト、ICTコミュニケーションズ株式会社のコンテンツビジネス事業部長、株式会社ロックオンのADEBiSエバンジェリストとしても活動中。 ◆株式会社MOVED:https://www.moved.co.jp/
渋谷 雄大
留学先のオーストラリアで受けたカルチャーショックが人生の転機に
ご自身の会社を含め4枚の名刺をお持ちの渋谷さんですが、キャリアのスタートは鍼灸師だったとお聞きして大変驚きました。どのような経緯で現在のお仕事に至ったのでしょうか?
渋谷さん(以下、敬称略):鍼灸師をしていたことをお話すると皆さんに驚かれます(笑)。元々スポーツトレーナーの仕事をしていたので、鍼灸師の資格はそのための武器の一つでした。高校卒業後、日中に働きながら夜間の専門学校に通って国家資格を取得し、テニス選手をはじめとしたスポーツトレーナーとしてキャリアをスタートさせました。
トレーナーとして仕事をしていくうちに、海外の選手が来日する試合や国際大会の場に参加する機会に恵まれるようになったので、活動の場を広げるため、21歳の頃にオーストラリアに留学し、鍼灸師の仕事をしながら英語を勉強しました。ところが、トレーナーとしてさらに上を目指すための留学だったにもかかわらず、そこで出会ったホストファミリーの働き方に衝撃を受け、自分の生き方や働き方に疑問を抱き始めました。
ホストファミリーは、父親も母親も家庭を中心に仕事を位置付けていて、あくまでも“家族で幸せに暮らすため”に働いている。平日も仕事が終わった後は当たり前のように家族との時間を楽しみ、土日は家族一緒にビーチを散歩したりバーベキューをして過ごす。
当時の私は「自分の技術に対してお客さんがついてきてくれるのだから、技術を高めるためには時間はいくらでも費やすべきだ」という考え方。まさに寝る間も惜しんで仕事をしているような状態だったので、ホストファミリーの働き方にかなりのカルチャーショックを受けました。当時、日本でそういった働き方をしている人はほとんどいませんでしたし、特にスポーツ業界には「チームや選手のために自分の私生活をないがしろにしてもやむを得ない」という雰囲気がありましたから。
でも、家族を大事にするホストファミリーの生き方を見ているうちに、「自分も家族との幸せな暮らしに重きを置けるような働き方を選びたい」と思うようになりました。それで、帰国後23歳の時に個人事業主として独立し、サロンを時間貸しで借りて予約制のマッサージを始めました。ただ、当然すぐにはうまくいくはずもなく、家電購入のアドバイザーをやったりスカイプなどのITツールのセミナーをやったり、いろいろと試行錯誤していましたね。
21歳で生き方や働き方に疑問を抱き、23歳で独立。かなり早いご決断だったように思います。ご家族はどのような反応でしたか?
渋谷:実家も自営業なので、反対はされませんでしたね。特に父親は、カメラマンやアクアリウムのメンテナンスなどさまざまな仕事をしていたので、「好きなようにすれば?」という反応でした(笑)。
なるほど(笑)。とはいえ、やはり個人事業主として生計を立てていくのは難しかったわけですね。
渋谷:自分の時間をコントロールするために個人事業主という働き方を選んだのですが、やはり初めは難しかったですね。胸を張って“フリーランス”とは言えない、どちらかと言えば“フリーター”のような状態だったと思います。加えて24歳の時に結婚して子供を授かったこともあり、このタイミングで一度どこかに勤めようと考え、ICTコミュニケーションズ株式会社というICT関連の教育や研修を手掛ける会社に入社しました。
ちょうどiPadが発売された時期で、私も自分でiPadに関するセミナーを開いたりしていたので、「iPadを活用した教育ビジネスを立ち上げたい」ということで誘っていただきました。当時は三人で始めた事業でしたが、研修講師を担当したりeラーニングを制作したりと幅広い経験をさせていただきました。
現在所属していらっしゃるサイボウズさんともこの会社を通じてのお付き合いだそうですね。
渋谷:ICTコミュニケーションズに勤めている時に、ご縁があってkintoneというサイボウズ製品の研修プログラム作りをご依頼いただいたのです。それが最初の接点でした。
その半年ほど後に、セミナーを担当していた方が退職するということで「エバンジェリストとして働かないか」と誘っていただいたのを機に、業務委託でサイボウズのエバンジェリストとしての活動も始めました。ICTコミュニケーションズにも2018年9月に起業するまでお世話になったので、4年間は二足の草鞋でやっていました。その間、サイボウズでは年間140回ほどのセミナーを担当させていただいていたのですが、今につながる非常に貴重な機会だったなと思っています。
複数の企業でエバンジェリストとして活動中
2018年9月に独立され、現在はどのような働き方をしているのですか?
渋谷:現在は、サイボウズのエバンジェリストとしての仕事は契約社員として続けつつ、退職はしたもののICTコミュニケーションズの仕事も業務委託で継続していますし、株式会社ロックオンという企業とも業務委託契約を締結してマーケティングプラットフォーム「アドエビス」のエバンジェリストをさせていただいています。
サイボウズとの関わり方については、自分の会社との副業という位置づけではなく、複業(並列)という形に捉えたいという思いもあり、業務委託から社員という立場にしてもらいました。
なるほど。サイボウズやロックオンのエバンジェリストとしては、具体的にどのような活動をなさっているのでしょうか。
渋谷:エバンジェリストは「伝道師」という意味なのですが、私がしていることは「価値をわかりやすく伝えること」、これに尽きます。「製品の名前は知られているものの、具体的にどういうことができる製品なのかが伝わっていない」という状況も多くあるので、デモンストレーションや導入事例をまじえて可能な限りわかりやすくお伝えする、これを突き詰めています。
特定のプロダクトのPR職との違いは「ご自身が表に出るかどうか」という点になるのでしょうか?
渋谷:確かに表に出るという部分はエバンジェリストの特徴ですね。私としては、エバンジェリストの役割は「その場でリアルに心を動かすこと」だと思っています。企画段階にどれくらい関与するかは企業や製品によって異なると思いますが、サイボウズの場合は、エバンジェリストはセミナーで表に出る仕事に集中し、企画業務はマーケティングのチームが主導するという役割分担をすることが多いですね。
渋谷さんのようにフリーで複数の企業のエバンジェリストを務めている方はまだまだ少ないと思うのですが、今後はもっと増えていくとお考えですか?
渋谷:今はまだ「エバンジェリスト」という役割はIT業界を中心とした存在ですし、「エバンジェリスト専任の人を雇うのは難しい」という企業の方が多いと思うのですが、自社の価値を伝えるという取り組み自体はどんな企業にも必要なことです。それを役割として明確にしたものがエバンジェリストだと思いますので、リアルで価値を伝える力の大切さがもっと広がっていけば、エバンジェリストという役割自体も多くの業界・企業に広がると思います。私自身も、他の業界でもお仕事をしてみたいですし、そうやって前例ができることによってこのポジションの認知度が上がればいいですよね。
外部のプロフェッショナルがこの役割を担うケースも当たり前になっていけばいいなと思います。「外の人間が自社の価値を伝えるなんて」という意見もあるとは思うのですが、客観的な目線や経験があるからこそ伝えられる部分もあります。「製品などに対して、自分事として興味を持ってもらえるような伝え方をする」というのは一つのスキルでもあるので、必ずしも社内の人間でなければならない理由はないのではないでしょうか。
「エバンジェリスト」は特別な存在ではない
独立し、ご自身の会社も立ち上げられたそうですが、今後の目標や展望があれば教えてください。
渋谷:フリーランスとして一人でやっていくという選択肢もあったのですが、やはり一人では貢献できる範囲にも限りがあるので、将来的にはチームでやっていきたいですね。「MOVED」という社名に込めた「心を動かす」、「感動する」という意味の通り、人の心を動かせる仕事をしていきたいと思っています。
当面の目標は自分のエバンジェリストとしてのスキルを活かせる場所を増やすことですが、いずれはクライアント企業内でのエバンジェリスト育成も支援していければと考えています。
加えて、個人的にはやはり家族を大事にしたいですね。最初に独立した23歳の頃から抱いている「自分の時間をコントロールできるような働き方をしたい」という想いは今でも変わりません。子供が4人いて、ちょうど先月も一番上の長男を連れてオーストラリアに9日間の旅へ行ってきたのですが、これからもそうやって家族との有意義な時間を優先できる生き方をしたいと思っています。なによりかっこいいパパになりたいですね(笑)。
公私ともに充実されていて素晴らしいですね。フリーのエバンジェリストという働き方もエバンジェリストの育成支援という事業も、現在はまだ非常に珍しい存在ですので、渋谷さんの今後の活動を私たちも楽しみにしています。
渋谷:確かに今はまだエバンジェリストという役割はあまり広まっていませんが、「自分が扱っている製品の価値をわかりやすく伝える」というスキル自体はエバンジェリストに限らず企業の代表者をはじめ、営業、マーケティングなどの役割の方にも必要なものだと思います。
「エバンジェリスト」という肩書の仰々しさの影響でエバンジェリストを名乗ることのハードルも高くなってしまっている気もしますが(笑)、私自身は特別な存在になるのではなく、この技術を多くの人に広めていきたい、そういう思いですね。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
渋谷さんいわく、鍼灸師やスポーツトレーナーの経験も、「相手から悩みを聞き出し、解決策をわかりやすく伝える」という点で今に活かされているとのこと。一見つながりがないように思えるキャリアでも、その中心には「人とコミュニケーションをとり、課題解決のための手助けをする」という軸があり、それを続けた先に現在の仕事があるという渋谷さんのキャリアストーリー。キャリア形成に悩んでいるビジネスパーソンの背中を押してくれるインタビューになったのではないでしょうか。
“プロのエバンジェリスト”という希少な立ち位置にいながら、「自分が特別な存在になるよりも、このスキルを多くの人に広めたい」という渋谷さん。これからのますますのご活躍を、私たちも応援していきたいと思います。