日本企業における金融DXの動向は? DX推進プロジェクトに役立つ成功事例9選
昨今、新型感染症の拡大で既存ビジネスの提供に多くの課題が生じるなか、経済産業省のレポートによって課題が指摘された「2025年の崖」も目前に迫りつつあります。
そうした状況を受け、日本企業でもデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する動きが加速。データやAIなどの技術を活用して、組織やビジネスの変革に乗り出す企業が増えています。
銀行、信用金庫、保険会社、証券会社などの金融機関や、金融サービスを提供する企業などのプレーヤーを擁する金融業界もその例外ではなく、DX推進の勢いが強まっています。
DX推進に関する取り組みは、業界や企業によってさまざまな特徴があるもの。そこで今回は、金融業界におけるDX推進の事例をとりあげ、その取り組みについて詳しく解説します。
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1.DXとは?
デジタルトランスフォーメーション(DX)の概念を最初に提唱したのは、スウェーデンのウメオ大学教授であるエリック・ストルターマン氏とされています。2004年に発表された“Information Technology and the goodlife”において、「デジタルテクノロジー(ICT)の浸透が、人々の生活をあらゆる面でよりよい方向に変化させる」とされた考え方にその端を発しているのです。
日本企業では、以下の定義もよく知られています。これは、2018年12月に経済産業省が取りまとめた「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」におけるDXの定義です。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」
ここに書かれているように、DX推進ではデータをはじめ、AIやIoTといった先端的なデジタル技術を活用しますが、それは変革を実現するための手段です。その手段を用いて行う変革の対象となるのは、業務のフローやプロセス、製品・サービス、事業のあり方、ビジネスモデル、組織、企業の風土や文化と多岐にわたります。
DXとは「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略語で、「Transformation」は「変容、変革」を意味する言葉。文字どおり変革を実現することで、変化の激しい顧客や社会のニーズに応える価値を提供し、企業が競争優位性を確立することで生き残る——。それがDX推進の根本的な目的です。
金融業界の主要プレーヤーである銀行、信用金庫、証券会社、保険会社といった金融機関、あるいは金融関連サービスを提供する会社においても、DXの定義や変革対象となるものは同じです。自社を取り巻く市場環境や自社が抱える課題、さらには個々の地域性や顧客ニーズをふまえて自社が実現すべきDX推進を考え、実施する必要があります。
2.日本の金融系企業におけるDX推進の動向
では、日本企業全体や、金融機関などを中心とした金融業界において、DX推進は実際どのぐらい進んでいるのでしょうか。
日経BP総合研究所イノベーションICTラボの「デジタル化実態調査」(2019年7月〜8月実施/※1)では、DXを「推進している」日本企業は36.5%、「全く推進していない」日本企業が61.6%であったという回答データが公表されています。同調査を分析した「DXサーベイ」(※1)では、「いくつか別の調査結果を参照すると、海外ではDXを推進している企業が8〜9割に達するという」と比較されており、この結果から考えると、日本企業全体においては、DX推進の動きはまだまだ遅れているといえます。
同調査では業種別のDX推進状況も分析。最も多いのは「情報・通信サービス業」(58.5%)ですが、金融業界は38.5%で3位につけており、全体平均の36.5%も上回っています。
日経FinTechが2020年12月に実施した「金融機関デジタル活用調査」(日経BP「金融DX戦略レポート」より/※2)では、金融機関の41.6%が「2021年度における攻めのデジタル投資は増える見通しである」と回答。AIやIoT、RPA、クラウドといったデジタル領域への投資に意欲を示す金融業界の姿が浮き彫りになっています。
同調査では、金融機関のデジタル化への取り組み状況として、さまざまなデジタル化施策の実用化度合いについても質問。「マーケティングに生かすための外部データやオープンデータの活用」(25.7%)、「新事業・新サービスの開発・実現に向けたAI活用」(22.8%)、「商品・サービスの付加価値向上につなげるためのデータ分析」(41.6%)、「業務効率化に向けたRPAの導入」(61.4%)、「社内文書検索の高度化などを目的としたAI活用」(16.8%)など、DX推進の一環となり得るデジタル化が金融機関においてすでに実用化されていることがわかります(カッコ内の数字は、すでに実用化していると回答した金融機関の割合)。
3.金融業界におけるDX推進の成功事例9選
銀行、信用金庫、保険会社、証券会社などの金融機関や、金融関連サービスを提供する企業など、金融業界のプレーヤーの多くが現在抱えている重大な課題は、巨大な基幹システムが古くなっていること。レガシーシステムが業務遂行上や事業戦略上のリスク要因となっているのです。
変化の激しい社会環境でビジネスを継続し顧客に価値を提供するためには、金融業界はとりわけ、DX推進が強く求められる業界といえます。しかしながら、伝統的な大企業は特に、歴史あるビジネスを続けてきた企業体質や経営戦略の変革を実現することが難しい傾向があり、DXの推進が進みづらいのが実状です。
このように業界全体としての課題があるなかでも、前述の調査結果のようにIT導入・デジタル化の施策に取り組み、DXを推進している企業は増えつつあります。ここからは、そうした事例の一部を解説します。
1)みずほフィナンシャルグループ
みずほフィナンシャルグループは、2019年度から「5ヵ年経営計画 ~次世代金融への転換」をスタート。「金融を巡る新たな価値」を創造するべく、デジタライゼーションへの取り組みや外部との協働を加速すると掲げています。
そのなかではさまざまな取り組みが行われていますが、「J-Coin Pay」もそのひとつ。これはキャッシュレスサービスのプラットフォームで、スマートフォンからお金を送ったり支払ったりすることができるほか、金融機関の預金口座の入出金も行うことができます。現在までに全国87行の金融機関との口座接続を実現しており(2021年7月27日時点)、より便利な金融サービスを顧客に提供しています。
2)北國銀行
石川県金沢市に本社を構える北國銀行では、DXを「デジタルをトリガーにした全社改革」と位置づけ、20年ほど前からプロジェクトを開始。組織やマネジメントといった構造面、社内のマインドセット、リカレント教育の3点を重視し、トップ直轄でDX推進プロジェクトを展開するユニークな存在です。
直近では、今2021年5月にはフルバンキングシステムのパブリッククラウド移行を実現。パブリッククラウド環境でのフルバンキングシステムの稼働は国内初です。これにより、運用費などの固定費削減につながるほか、オープンAPIの公開基盤との連携などを通じて他サービスとの連携がよりスムーズになるという利点もあり、今後の顧客に対する新たな価値提供が期待されています。
3)三菱UFJフィナンシャル・グループ
日本最大にして世界有数の総合金融グループである三菱UFJフィナンシャル・グループは、2017年に「デジタルトランスフォーメーション戦略」を発表。「デジタルを活用した事業変革」をを掲げ、顧客の利便性向上、業務プロセスの改革、国内外でのチャネル変革を目指しています。直近の取り組みとしては、リスク管理システムのEoS(End of Support)対応を契機として、グループ全体の共同システム基盤をクラウド上に構築した事例があります。
また、グループ企業である三菱UFJ銀行でもDX推進の取り組みは盛ん。米国のスタートアップ企業と協業して顧客とのコミュニケーションプラットフォームを構築した事例では、従来主にオフラインで行われていた顧客とのコミュニケーションを、モバイルを軸としたオンラインでのコミュニケーションに切り替えることで、コロナ禍のニューノーマルに対応するかたわら、紙の書類の削減やオペレーションの効率化・高度化も見込んでいます。
4)みんなの銀行
福岡銀行、熊本銀行、十八親和銀行を擁するふくおかフィナンシャルグループは、九州を地盤に事業を展開する地域金融グループです。このふくおかフィナンシャルグループが「DX推進のドライバー」と位置づけて実施したのが、今2021年5月に開業した「みんなの銀行」です。
みんなの銀行は、国内初のデジタルバンクです。既存の銀行業務をオンラインで実現するインターネットバンキングとは異なり、口座開設から入出金まですべてのサービスをスマートフォン上で行うことができるデジタルバンクは、海外で盛り上がりを見せている新たな形態。デジタルネイティブ世代をターゲットとした新たな価値提供の形態として注目を集めています。
5)ゴールドマン・サックス
米国の金融機関ゴールドマン・サックスは、自社でのIT開発を通じたDXの実現に積極的な企業として知られています。フルタイムの従業員約3万3000人のうち9000人がプログラマーやエンジニア人材である(2015年時点)という事実は、デジタルを活用してイノベーションを実現することにそれだけ本腰を入れているということを意味しています。
ゴールドマン・サックスが実現したDXで特に注目を集めたのは、中核業務であるトレーディング部門のAI化です。その結果、人員削減を実現。15年から20年ほど前には500人が従事していたトレーディング部門の値付け業務の人員は、AIの導入によって3人にまで減ったといわれています。また、消費者向けのモバイル金融サービス「マーカス」の開設は同社のデジタル戦略の象徴ともいわれ、個人の顧客への価値提供を実現しています。
6)JPモルガン・チェース
米国の金融業界は、2008年のリーマン・ショックをきっかけに変革が強く求められるようになったことからDX推進が進んでいます。同じく米国の金融機関であるJPモルガン・チェースも、金融業界におけるDX推進で知られる企業の一つ。テクノロジー部門にデータサイエンティストを含む5万人の従業員を擁し、フィンテックに年間1兆円を投資、テクノロジー企業との連携にも積極的に乗り出すなど、DX推進の姿勢を強く打ち出しています。
JPモルガン・チェースのDX推進の代表例としては、独自の仮想通貨「JPMコイン」の開発が挙げられます。JPMコインは、仮想通貨の基盤技術であるブロックチェーンを活用して、企業間での即時決済を可能にするもの。デジタル通貨の開発は、米国の銀行では初の試みとされています。
7)バークレイズ
英国ロンドンに本拠を構える大手金融グループ・バークレイズが行ったDXの特色は、戦略的な提携や出資を行うことによってデジタルを活用した新しい金融サービスを生み出している点にあります。バークレイズは、フィンテック関連のスタートアップ企業の育成支援を行うプログラムを実施。これまでに160を超える企業が、バークレイズ拠出のファンドから出資を受けて活動しているのです。
その結果、暗号資産調査、個人向けのオンライン住宅ローンの仲介、小規模ビジネス向け銀行プラットフォームなど、それぞれユニークな顧客価値を提供するサービスが創出され、それらはバークレイズグループのビジネスに統合されエコシステムを形成しています。同社のDX推進は、DXが単なるIT投資ではないことを示す一例といわれています。
8)チューリッヒ生命
チューリッヒ生命は、スイス・チューリッヒ市に本拠を置くチューリッヒ・インシュアランス・グループに連なる企業です。日本では、全国の代理店と委託契約を締結して生命保険商品を販売していますが、代理店の多さと昨今のコロナ禍から、各拠点との接点強化に課題がありました。
そこで同社は、Web営業システムを導入。各代理店の担当者と顔を合わせて話をする機会をつくることができるようになったことで、接点強化を実現するに至ったのです。その結果、各代理店とのリレーションが強化され、商品販売を推進しやすくなったという結果が得られています。
9)アフラック生命保険
アフラック生命保険は、米国アフラックグループの子会社。生命保険会社として医療保険やがん保険などを販売しています。アフラック生命保険は昨2020年9月に「デジタルトランスフォーメーション戦略」を策定。デジタルイノベーションの積極的な活用を掲げています。
実際に同社では、多様なデジタル技術を採用した施策や新サービス提供を相次いで実現。顧客との会話を解析して営業をサポートするAI、RPAを採用した業務効率化、音声認識・応答技術を活用してアプリやシステムを音声で操作できるAIスピーカー、電話問い合わせの際の選択肢を顧客のスマートフォン画面に表示するビジュアルIVR、顧客応対向けの3Dアバター付き音声チャットボットなど、枚挙にいとまがありません。
4.まとめ
世界各国の多種多様な業界でDX推進の動きは加速しています。なかでも金融業界はレガシーシステムを抱える傾向が高く、経済産業省が指摘する「2025年の崖」の危機が強く懸念される業界。その意味でも、DX推進は喫緊の課題といえますが、実際にはその特性上、変革を実現するのはなかなか難しい業種でもあります。
とはいえ、今は変化の激しい時代。社会において重要な役割を担う金融業界といえども、従来の機能提供を続けるだけでは企業としてビジネスの継続が困難になることも決してあり得ないとは言い切れません。その懸念を打破するためにも、IT技術やデータ活用を導入してDXを推進し、企業やビジネスのあり方に変革を実現することが急務といえます。
そうした状況においても、金融業界にはすでに、DX推進の参考にすることができるIT導入・デジタル化事例が多数あります。そのなかには、AIなどの技術を活用した事例、経営の支援がDXを推進した事例、外部リソースを活用して人材採用・育成に対応した事例、データ活用で顧客ニーズに応えた事例など、さまざまな事例があるはずです。
金融業界の各企業が手がけてきたDX推進事例を知り、業界全体としての課題、各社のDX推進のプロセスや効果、提供実現に至った機能や価値などを理解することは、自社のDX推進のあり方や、DX推進の壁を突破することを考えるうえで、非常に有用な情報となるでしょう。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
出典
※1:DXサーベイ(日経BP)
https://info.nikkeibp.co.jp/nxt/campaign/b/275300/
※2:金融DX 戦略レポート(日経BP)
https://info.nikkeibp.co.jp/nxt/campaign/b/281950/