【プロ監修】コロナ禍の新規事業として注目される教育ビジネス
出口の見えない景気停滞に加え、昨年来のコロナ禍で市場環境が大きく変化した日本社会では、これまで堅実に続いてきたビジネスモデルが明日も続くとは限らない時代となりました。
これまで続いてきた数多くのビジネスが継続困難となるなかで、安定的に収益を生み出せる新たなビジネスの創出をと考える企業経営者が増えてきました。そこで多くの企業から注目を集めているのが、新規事業として教育ビジネスを立ち上げ、教育市場に参入するという選択肢です。
かつての教育事業といえば、学校教育の内容を補うような教材の提供、塾や家庭教師の受講、幅広い年齢層を対象とした講座の実施、企業向け研修・セミナー、学校向けのコンサルティングなど、対面を前提としたものが大半でした。
しかしこのコロナ禍で特に注目されているのは、オンラインの学習サービスです。オンラインの教育サービスは、対面でのサービスに比べて効率的に運営しやすく、収益性を高めやすいといった魅力があることも、注目度を高める要因になっています。
本記事では、私立中高教員として多数の教育プログラム・教材を制作してきた経歴をもち、現在も自ら教育ビジネスを立ち上げているプロフェッショナルの竹内啓悟さん監修のもと、教育ビジネスへの関心が高まる社会的背景や、教育ビジネスの新規事業における成功のポイントをご紹介します。
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1.新規事業に教育ビジネスを選ぶ企業が増えた理由とは?
義務教育期間における学校教育、塾などでの学習、大人になってからの生涯学習……、「教育」は人生において長期間関わりをもつものであり、教育に対して人は多くの費用を投じます。
マーケティング用語で、ある顧客がある企業と初めて取引してから最後の取引を終えるまでの間に、その企業にもたらした収益を「Life Time Value(LTV:顧客生涯価値)」といいます。関わる期間の長い教育事業は、企業にとっては高いLTVを狙いやすい事業といえます。
昨今のコロナ禍では、日本においても教育のあり方が大きく変わりつつあります。そうしたなかで、従来の教育だけでは不十分となってしまう部分を補うようなサービスを求める顧客ニーズも増え、教育ビジネスに関心を寄せる企業も少なくないようです。
ここではまず、企業や経営者が新規事業としての教育ビジネスに注目する理由や背景を考えてみましょう。
1)オンライン教育サービスが普及した
昨今のコロナ禍で外出が困難になったことから、あらゆる分野においてオンラインサービスの伸張が顕著です。自治体が、顧客と直接会うことなく提供する「非対面型サービス」の導入費用の一部を助成するなどの動きも、サービスのオンライン化を後押ししています。この動きは、教育サービスにおいても例外ではありません。
ユーザー側から見ても、コロナ禍で学校や塾に通うことが難しくなり、オンライン学習を経験・活用したことで、オンライン学習に対する関心やニーズが高まっている様子がうかがえます。受験応援メディア「受験のミカタ」が現役中学生、高校生、浪人生1077人を対象に実施したアンケート(※1/2020年8月~12月実施)では、回答者の50.5%が「オンライン授業が増えていることに賛成」と回答。
また、受験勉強サポートのために利用しているサービスについての質問(複数回答)では、34.9%が動画授業やオンライン家庭教師など、オンラインの教育サービスを利用していると回答しています。児童・生徒・学生もその保護者も、オンライン教育サービスについてポジティブな考えをもつ方が増えている状況が浮き彫りに成っています。
2)学習サポートを求める学生が増えた
オンライン学習にはメリットもある一方で、学校や塾で先生から対面で教わるなどの教育を従来のように受けることが難しくなったという面ではさまざまな影響が発生しています。
自治体などの相談窓口では、これまでのように学校や塾に通うことができなくなった児童・生徒・学生が「友達に会えず不安」「勉強に身が入らない」「親とけんかしてしまう」などの悩みを寄せている姿が目立ちました。
大学受験を控える高校生も、「模擬試験やオープンキャンパスに参加することができなくなった」「総合型選抜入試の利用を考えていたが、休校の影響で難しくなった」「保護者が失業し、志望校を変えざるを得なくなった」など、進路の選択に大きな影響を受けていることも。
終わりの見えないコロナ禍で家での自粛を余儀なくされ、児童・生徒・学生の多くはさまざまな不安を抱えています。そうしたなかで、成績を上げるために勉強を教えてもらうサービスだけでなく、児童・生徒の悩みに寄り添う教育サービスが求められている面は軽視できません。
3)大人向けの教育も変化した
教育ビジネスのターゲットとなるのは、学校に通う子供だけではありません。少子高齢化が加速する日本では特に、習い事や大学の公開講座に通う大人、スキル習得や資格・検定対策のため学校で講座を受講するビジネスパーソン、語学講座に通ったり企業研修・セミナーを受けたりする社会人なども重要なターゲットです。
サンケイリビング新聞社が運営する「シティリビングWeb」が2020年9月に実施したアンケート(※2)では、2020年4月に発出された緊急事態宣言後に「習い事やジム通いをすべてやめた」と答えた方が19%、「続けたものとやめたものがある」と答えた方が13%にのぼっています。
他方で、「すべて続けている」と答えた人も32%。また、習い事・教育関連のメディア「EDUSEARCH」を手がける株式会社クロスウェブが2021年7月に実施したアンケート(※3)では、80.2%の回答者が「今後コロナ禍でも習い事は続けたい」と答えています。こうした調査結果からは、コロナ禍でやむを得ず教育を受ける機会を断念している状況と、そこに潜む新たな教育サービスへのニーズがうかがえます。
2.教育ビジネスの新規事業における成功のポイント
新規事業として教育ビジネスへの参入を検討する企業が散見されるようになった背景としては、前述のような事情に加えて、近年日本企業で推進されているDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みも影響しているとみる向きもあります。
DXとは、先進的なIT技術やデジタルの力を活用して企業や組織、ビジネスモデルに変革を起こすための取り組み。DXを推進するにあたり、最新のデジタル技術を活用したソリューションを提供する新ビジネスとして、教育事業を検討する企業もあるのではないか、というわけです。
それでは、企業が教育ビジネスで成功を収めるためには、参入に際してどのようなポイントに留意すべきでしょうか。
1)顧客接点をもつ
オンラインの教育サービスは、ニーズが見込めることから参入企業も少なくありません。そのため、サービスのバラエティも多岐にわたり、例えばプログラミングの分野においてただプログラミング言語の授業をする、教材を用意する、動画セミナーを実施する、というだけでは、競争に勝つのは難しいでしょう。
加えて、顧客ニーズの変化も激しいもの。そうした変化の激しい市場環境で競争を勝ち抜くためには、企業が顧客接点を直接もち、顧客の声を近くでタイムリーに聞くことができる状態にすることが重要です。
顧客接点とは、企業や店舗が顧客と接する機会を指し、「タッチポイント」とも呼ばれます。新規事業としてどのようなソリューションを提供し、どのようなビジネスモデルにするかを検討する過程では、「顧客接点をもちやすいサービスかどうか」という点に着目するのもおすすめです。
なお、1点注意しておきたいのは、教育ビジネスの場合、声を聞くべき「顧客」はサービスの直接の利用者だけとは限らないということ。未就学児や小学生など小さい子供を対象とした教育サービスや、有料のサービスの場合、保護者の声は無視できない影響力をもちます。
2)スピード感を大切にする
これは教育ビジネスに限らないことですが、大企業では特に、新規事業立ち上げに際して入念に議論を重ねたり、コンサルティング会社に委託して市場調査を行ったりするなどして、準備に時間をかけてしまうケースが散見されます。
しかし、変化の激しい今の社会では、入念な準備をしても成功を確実なものにできるとは限りません。1年間準備している間に市場動向も顧客ニーズも変わってしまい、せっかくのチャンスを逃してしまう可能性のほうが高いでしょう。
そうならないよう、まずは小さい単位でいいからプロダクトを早くつくり、早く世に出して、顧客接点をもち、その顧客の反応を受けて検証を重ね、ノウハウを蓄積し、ブラッシュアップを重ね、ビジネスとしての成功に近づけていく、というのが一番の近道であると考えます。
3)子供の変化と保護者のニーズをキャッチアップする
子供の成長は早く、その感度はとても高いもの。新しいデバイスや技術にも難なく慣れていきます。オンラインで提供するサービスはデバイスやデジタル技術と密接な関係がありますが、そこでいつまでも古いデバイスや技術を前提とした教材を用意するといったサービス提供のあり方では、ユーザーである子供の関心は離れていきます。
それに、教育という観点で考えても、古い情報をベースに教えるというのは問題があるでしょう。子供のほうが確実に“未来”にいるものです。サービスを子供に使ってもらったとき、抵抗を示すような様子が見られたら、「これは古いのかな」「古いことを言っているかな」と疑ってみることも大切です。
そして、未成年を対象とした教育サービス、とりわけ小中学生向けの教育サービスの場合は、前述のとおり、直接的なユーザーである児童・生徒だけでなく、保護者の関心や満足度、期待感もサービス継続を判断する重要なポイントになります。
教育ビジネスとして成功を目指すのであれば、子供の変化についていくこと、保護者のニーズに敏感であることが求められます。その意味でも先に述べたように、顧客接点を直接もち、顧客の声を近くで聞き続けることが、事業成功の大きなポイントになるはずです。
3.まとめ
少子高齢化が加速する日本では子供の数は減っていますが、矢野経済研究所が2020年12月に発表した調査レポートによれば、教育産業全体の市場規模はここ数年、ほぼ横ばいで推移しています(※4)。その背景には、塾に通う子供の数が増えていること、英語やプログラミング教育など学校教育の変化に適応するための教育ニーズが生じていること、社会人向けの講座受講も増えていることなどがありました。
昨年来のコロナ禍により、対面で行うサービスには小さくない影響が及んでいますが、その半面、オンラインの教育サービスのニーズは増加。社会人や大人向けの多様な教育・研修のソリューション、生活者ではなく学校や教職員向けの教育サービスなど、教育ビジネスはさまざまな可能性を秘めている分野といえます。
そうしたなかで、オンラインを中心とした教育サービスへの新規参入に注目している企業は少なくないのではないでしょうか。大企業では、社会貢献として教育事業への参入を選択する傾向もみられるといいます。
とはいえ、変化が激しく、将来予測が難しい時代において教育ビジネスを新たに展開しようとする際には、留意すべき点も少なからずあります。そうしたなかで成功に近づけるためには、小さい単位ででもサービス提供を早く行い、ノウハウを蓄積しながら、検証を重ねてブラッシュアップしていくのがおすすめです。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
監修者プロフィール
竹内 啓悟
私立中高の情報科教諭として中高生向け教育コンテンツの開発、オンライン教材制作、企業とのオープンイノベーション講座、大学生インターン制度導入、ICT環境導入を経験。
2020年に英Varkey財団による「世界の教師TOP50」に選出(Global Teacher Prize TOP50 Finalist)。
Britannicaの教育分野「40歳以下の20人」に選出(「20 Under 40: Young Shapers of the Future (Education)」)。
また、教育出版社でのイベント事業や、大企業における教育事業の経営戦略立案、事業戦略立案、コンテンツ企画・開発を担当。
現在は10代のためのキャリアスクール「ジュニア・ビジネス・アカデミー」を立ち上げ運営している。
https://jr-biz-academy.com/
出典
※1:【1077人に調査】中高生の3人に1人が「オンライン○○」を活用!コロナ禍の勉強スタイルの変化とは(受験のミカタ)
https://juken-mikata.net/topics/corona2.html
※2:緊急事態宣言後、働く女性の習い事やジム通いはどう変わった?(サンケイリビング新聞社)
https://ad.sankeiliving.co.jp/wp/2020/10/22/4976.html
※3:社会人の習い事アンケート コロナ禍でも続けたいという人が約8割(株式会社共同通信社)
https://www.kyodo.co.jp/mamegaku/2021-07-08_3622727/
※4:教育産業市場に関する調査を実施(2020年)(株式会社矢野経済研究所)
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2584