【プロ監修】新規事業におけるM&A戦略とは?注意すべき点や成功させるための策定の流れを紹介
変化が激しく先行きが不透明で、将来予測の難しい近年は、「VUCAの時代」ともいわれます。顧客ニーズや市場環境の変化も著しく、企業の経営もかじ取りの難しい時代となっているのです。
そうしたなかで企業価値を高め、企業として成長を続けていくためには、新たな商品・サービスを開発して新規事業を立ち上げる、新規業界へ参入するといった取り組みが不可欠になりつつあります。とはいえ、それらを一から実行するのは時間も手間もかかりますし、人材面で難しいケースも。そこで注目されているのが、新規事業立ち上げの戦略としてM&Aという手段を活用することです。
M&Aというと株式譲渡による企業合併といったイメージがあるかもしれませんが、譲渡する対象やその手法は株式譲渡以外にも多様化しており、後継者不在による事業承継の問題などから企業を売却するケースも増加。M&Aによって企業や事業の譲渡を受けることができれば、新規事業立ち上げをスピーディー・効率的に行いやすくなるなど、企業の経営上さまざまなメリットがあるのです。
しかし、そのメリットを享受して企業価値を高めるためには、M&Aという手法をきちんと理解し、注意すべき点を把握した上で、ポイントをおさえて策定・実行する必要があります。今回は、投資やM&Aの経験豊富なプロフェッショナル人材監修のもと、M&Aとは何かといった解説から、新規事業立ち上げにおけるM&A戦略の注意点、成功させるための策定の流れなどの解説をご紹介します。
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1.新規事業でも行われるM&A戦略とは?
M&A(エムアンドエー)を一言で解説すれば、「企業の合併・買収」。自社の既存事業を成長させるため、新たな市場に参入するため、商圏を広げるため、経営戦略として売上利益を拡大するためなど、さまざまな希望や目的に応じて企業・事業の買収・合併を行うことを指します。
M&Aは、合意のもとに行われる友好的なものと、買収先企業の合意を得ることなく一方的に買収を仕掛ける敵対的なものがあります。その対象・手法も、譲渡企業から譲受企業へ保有株式を譲渡することで会社の経営を承継する株式の譲渡をはじめ、事業の譲受(譲渡)を通じて承継するケース、資本提携といった企業間提携まで多様化しています。
新規事業でM&A戦略が必要な理由とは?
近年は、新規事業の戦略としてM&Aを活用する事例が散見されます。会社が新たな業界に参入したり新規事業を立ち上げたリする場合、自社で一から商品・サービスを開発して市場に参入する以外に、すでにその事業を手がけている企業や、市場参入に必要なリソースを有する企業にM&Aを実施することでその企業・事業を承継し自社のものにするという方法もあります。この後者を採用する企業が増えているというわけです。
M&A戦略によって新たな業界に参入し新規事業の立ち上げを達成するメリットとしては、以下のようなものがあります。
- ・新規事業をスピーディーに立ち上げることができる
- ・新規事業の失敗リスクを減らすことができる
- ・既存企業・事業のリソース、信用力、ブランド力を活用できる
- ・自社とのシナジー効果(相乗効果)を得やすくなる
- ・優秀な人材を確保しやすくなる
- ・商圏を拡大しやすくなる
新規事業を自社で立ち上げるとなると、商品・サービスの開発はもちろん、信用力やブランド力、集客力、取引先との口座開設などもすべて、何もないところからのスタートとなります。一定程度まで立ち上げるには時間もコストもかかりますし、成功する保証もありません。
他方、すでにその分野の事業で成功している企業や、事業運営に必要なリソースを有する企業をM&Aで買収すれば、買収先企業が培ってきた企業価値や資源を活用した状態で新規事業のスタートを切ることができます。一から立ち上げるとなれば人材の採用・育成も重要な課題となりますが、M&Aであればその懸念もおさえられます。
一から立ち上げるコストやリスクと、M&Aで参入するコストやリスクとを比べ、どちらをとるべきかというのは、買収・売却企業の会社規模、新規事業の市場動向などによって異なります。ただ、M&Aであればスピーディーに実現できるというのは、新規事業立ち上げの大きな支援となるメリットの一つ。近年のように市場環境の変化が激しいような状況では、特に影響の大きい利点といえるでしょう。
2.新規事業におけるM&A戦略の注意点
M&Aで会社を買収する際に注意すべき点は、M&Aの目的によって異なります。例えば、自社の経営戦略上、売上収益を拡大するためのM&Aであれば、安定的に利益を生み出す会社かどうかが重要なポイントです。その場合、業績が安定しているかどうか、決算書に問題がないかどうか、買収後も自社で運営を継続できるかどうかといった点に留意して判断する必要があります。
新規事業参入のためにM&Aで買収するのであれば、買収後の人材マネジメントも重要なポイントになります。企業規模の小さい会社を買収するような事例では、買収後に売却企業の社員が全員辞めてしまうといったこともあり得ます。そうした可能性も視野に入れながら、どういう人材がいるか、その人たちを自社がマネジメントできるかどうか、難しい場合には新しい人材を採用して事業を継続していくことが可能かどうかといった点は考えておく必要があるでしょう。
M&Aも、売り手となる会社が売却に積極的で相談に応じてくれやすい事例もあれば、そうではない事例まで多様です。買い手となる会社は売り手企業の決算書や帳簿書類などの確認は当然行うものの、それだけではわからないような“噓”が潜むケースも考え得ることを留意しておかなければなりません。
M&Aが決まる前のタイミングで売却企業の社員に直接ヒアリングするといったことは難しいものですが、経営者とはよく話をして「最終的に信用できるかどうか」を判断しましょう。これは、M&Aや投資の経験が少ない企業では難しいかもしれませんが、大切な感覚の一つといえます。
3.新規事業でM&A戦略を成功させるための策定の流れとは?
ここからは、新規事業におけるM&A戦略にフォーカスした「M&Aを成功させるための策定の流れ」のポイントについて解説します。
1)自社資源を分析・把握する
一般的に、会社が新規事業の立ち上げに際してどの業界に参入するかを検討するときには、自社の経営資源や技術を活用できる分野を模索するのが基本。資金、人材、商品・サービス、取引口座、販路……すでにもっている資源を活用できればそれだけシナジー効果を期待しやすく、事業の成功へ近づくからです。
他方、自社の既存資源との関係が薄い業界へ戦略的に参入するという選択肢もありますが、この場合は、新規事業に必要な技術や人材、販路などを何らかの方法で補わなければなりません。その手段の一つがM&Aということになります。裏を返せば、M&A以外の手段で補う選択肢もあるわけです。
こうした状況で、M&Aが目的達成のための最適な手段であることを判断するためにも、また必要な資源を適切に確保するためにも、まずは現状の自社資源を分析・把握することが肝要です。加えて、不足する資源のなかでどの要素の優先順位が高いかといった優先順位の分析・確認も必要です。
2)M&Aに期待する効果・達成したい目的を設定する
先にも述べたように、M&Aを実行する目的はさまざまです。そのなかで、新規事業立ち上げのためのM&Aという点に絞ると、「不足する資源を確保するため」「市場への参入をスムーズ・スピーディーに実現するため」といった目的が多くなります。
いずれの場合も、M&Aで何を達成したいのか、どのようなメリットを享受したいのか、どのような効果を期待するのかといった目標・目的を明確にすることは非常に重要です。この目標・目的が明確でなければ、買収企業の選定や費用の判断を適切に行うことが難しくなりますし、M&A実施後の効果測定・評価も行うことができません。
3)M&A対象とする企業を選定する
前述のとおり、自社資源を分析・把握し、M&A実施の目的を明確化することができていれば、M&Aで買収する企業の候補となる会社は必然的に絞られることになり、企業選定はそれほど難しいものではないでしょう。
選定時は、帝国データバンクや日経テレコンなどの企業データベースサービスを活用すると効率的に絞り込みを行うことができます。また、M&Aをサポートするサービスを活用し、仲介会社や専門家に案件の紹介を相談・依頼するという方法もあり、その場合は「ノンネームシート」などと呼ばれる案件概要資料をもとに比較検討を行うことになります。
4)買収監査や面談を実施する
買収対象とする企業を絞り込んだら、その企業の経営者と面談・交渉を行います。金額や条件の交渉などシビアな場面もありますが、相手に対する敬意を忘れることなく、お互いに信頼関係を築き、いい関係のもとに企業や事業の承継を実現できるよう留意しましょう。
合わせて、買収監査(デューデリジェンス)を実施します。これは、買い手がM&Aの実施可否を判断するために、対象企業の実態や企業価値を精査する調査です。調査内容は分野や案件ごとに異なりますが、いずれも専門的な内容になるため、公認会計士や税理士などの専門家に支援を受け、相談・依頼して実施するのが一般的です。
5)企業の統合・融合を行う
M&Aの手続きを終えたら、いよいよ新規事業立ち上げに向けての稼働が始まることになります。新規事業立ち上げのためにM&Aを行う場合は特に、ここからが本番といっても過言ではありません。
売却企業の人的資源や取引口座などを活用する場合は、売却企業の従業員や外部委託のスタッフ、取引先との信頼関係をきちんと構築することを重視しましょう。企業合併では、企業風土の違いなどから衝突することもあるかもしれませんが、コミュニケーションを重ねて企業の統合・融合へ向けて目的意識や文化を浸透させていきましょう。
4.まとめ
社会の変化が激しい昨今、日本企業も多種多様な変化に直面し、その対応を迫られています。そうしたなかで企業が成長し続けるのは既存事業の継続だけでは難しく、新規事業への参入が不可欠。その手段として注目が高まっているのがM&Aです。とりわけ、グローバルなビジネスモデルを模索する企業は、海外企業を買収するM&Aに着目しています。
一方で、会社や事業を売却したいと考える経営者も増加。経営が安定している企業でも、後継者不在で企業の譲渡先がなく事業承継が困難であるため、事業を再編するため、新たな挑戦の資金にするためなど、多様な理由で売却を考える企業の事例も増えています。
メリットも多いM&Aですが、その実施には困難がつきまとい、特に海外企業を買収するような案件は難易度が高くなります。経済産業省の資料(※1)によれば、海外企業のM&Aは国内M&Aや自社の現地法人設立による海外進出と比べて難しく、当初期待したほどの成果を挙げることができないケースも少なくないとされています。
そうしたなかでM&Aを成功させるためには、M&Aを実施する目的を明確にするということがまず重要になるポイントです。既存事業とのシナジー効果を狙うため、売上収益を拡大するため、新たな業界に参入するため、新規事業立ち上げのためのリソース不足を補うため……希望や目的が明確になれば、その目的達成に向けた道筋も立てやすくなりますし、効果測定も可能になります。
また、一般的な事業会社では投資経験があまりなく、M&Aをどう進めればいいかわからない、誰に相談すればいいかもわからないといったケースもあるでしょう。現在は、M&Aのマッチングサービスや事前コンサルティングサービスなど、M&Aの相談に応じるサービスを手がける企業も多数登場していますので、M&Aの案件をサポートする仲介会社や専門家に相談し支援サービスを受ける方法もあります。しかしながら、M&A実施後の企業・事業の統合・融合まで含めて考えると、M&A経験者を採用して内部に人材を確保するのが理想といえます。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
監修者プロフィール
酒井 大輔(株式会社Quesqu CEO)
成長ベンチャー(未上場)ファイナンスのプロフェッショナル
大手VCにて、投資先企業の発掘、ファイナンスアドバイザリー、投資後のハンズオン支援と、EXIT(IPOやバイアウト)に向けてベンチャー企業の成長を支援する。
独立後も引き続きベンチャー企業に向けてファイナンスの支援、またIPOを目指す企業の社外取締役として活躍。
一方で教育系IT企業及びWebサイト制作事業を譲り受け、投資家兼経営者としての顔も持つ。
出典
※1:海外 M&A と日本企業(経済産業省・PwCコンサルティング合同会社)
https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/toshi/kaigaima/image/20190409003-1.pdf