<プロ監修>DX推進の課題と必要なマインドセット
DXの推進は、IT業界だけでなくあらゆる企業が取り組むべき課題です。
レガシーシステムの刷新やAI・loTなどの最新技術を活用、RPA導入による生産性向上などのデジタル化は、多くの企業にとって非常に重要な経営課題とされています。
そこで本コラムでは、アジャイル型システム開発手法の導入支援を得意とし、DX推進支援の経験も豊富なコンサルタントの監修のもと、DX推進の課題解決と必要なマインドセットについて解説していきます。
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1.DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の現状
世界でのDX推進の状況を見てみると、全体の80%の企業がデジタル導入の段階にある状況ですが、日本国内での推進状況はどうなっているでしょうか。
結論からいうと、国内でのDX推進は世界のトレンドに遅れを取っているものの、緩やかに進行しています。
具体的にどの程度進んでいるのかを、実際の調査データから見ていきましょう。
(1)DXの推進状況は?
Dell Technologiesが2020年11月に発表された「(※1)DX index Report 2020」では、日本のデジタル導入企業は2018年に比べて7%増加しています。DX推進やRPA導入などのIT投資や戦略策定をおこなっている企業は、33%と大幅に増加しています。
徐々にではありますが国内のDXは推進されているといえるでしょう。
(2)なぜDX推進が必要なのか
DXを推進する最大の理由は、企業としての競争力を保つためです。
度重なるカスタマイズにより複雑化・ブラックボックス化が進んだレガシーシステムでは、デジタル化は限定的となってしまい、企業全体のDX推進の障壁となります。
「DXが遅れた結果、世界における日本企業のビジネス競争力は低下し、2025年から2030年のあいだに12兆円の損失を生んでしまう」
これが、2019年に経済産業省が提唱した「(※2)2025年の崖」です。
デジタル化せずとも業務が回っている状況だけを見て、DX推進をせずに周りの環境の変化に気付けずにいる経営者も多く見受けられます。
徐々に迫ってきている世界の変化をを見逃さず、DXで競争力を保つことがこれからの時代を生き抜いていくために求められているのです。
(3)従来の開発とDXの開発の違い
現業の未来を見通すことは、簡単ではありません。ゴールが明確でない中、方向性だけは定めつつ試行錯誤を繰り返し進めるのがDX開発の特徴です。従来のIT開発を陸上競技に例えるなら、DX開発は宝探しに近いといえます。
DXに取り組むといっても、必ず新しい事業をやらなければならないわけではありません。むしろ、現業の競争力を保つ方法をとことん考えることが本質です。
大きな変革を考え出すのは難しいですが、スタッフの働き方や顧客との関わり方など、日常の作業を見直すといった、小さな事からDXにつながる場合もあります。
とある百貨店で推進中の取り組みをご紹介します。
以前は、バックヤードに設置されたPCでしかできない、遅れがちな業務がありました。
しかし、業務用スマートフォンの導入により、店頭での空き時間で対応できる業務が増え、生産性が向上しました。現場からたくさんの活用アイデアが寄せられ改善計画に反映されました。試行錯誤を繰り返しながら少しずつ変革が進んでいます。
個別最適が進み過ぎると、管理コストやセキュリティの課題が発生してしまいます。しかし間違いを恐れず進み、全体最適の観点も持ちつつ現場と協力して、軌道修正を繰り返すことがDXの近道となります。
このように、最初から大きな業務改革計画を立案するのではなく、デジタルを活用した小さな変革を高速で繰り返しゴールを見直し続けることで、DXを推進する方法もありえます。
2.DXを推進する上での課題
DXを推進したいと考えても、現場から経営レベルまで、妨げとなる課題が多いもが現実です。
その中でも、以下の4つの課題は、多くの企業が直面します。
(1)曖昧な経営戦略
ここで「曖昧な経営戦略」といっているのは「デジタル技術を使って何かする」など、目的と手段が入れ替わってしまったビジョンのことです。
DXで成し遂げるべきことは、あくまで経営課題の解決と、デジタルな解決を継続できる企業文化の変革です。目的が曖昧なままだと、いくらDX的な施策を試してみても効果は期待できません。
また、経営者自身が現場と同じく「手段」から考えてしまうと、どうしても意識のズレが発生してしまいます。
とある百貨店が「これから社内ポータル」テーマに実施したデザインシンキングのワークショップで、以下のような意見の違いが出ました。
- ・経営者:経営方針を伝える動画を掲載したい
- ・現場:店頭の商品がマスコミで紹介されたこと把握したいので掲載してほしい
経営者と現場の視点が異なるのは当然のことです。しかし本当の課題は「社内ポータルは、なぜ必要なのか?」がしっかり定義されていないことでした。
経営者は、個別の手段ではなく「ビジョン」と「なぜすべきか(Why)」「何をすべきか(What)」を提示し、「どのようにすべきか(How)」は現場の視点を生かして考える必要があります。
「AIやIoTが流行っているみたいから」「とりあえずDXっぽいことをしなくては」では、思うような結果は出ません。
「How」を考える前に、「Why」「What」から考え、あくまでも「目的は、現業の経営課題を解決」という認識を関係者全員で共有していくことが重要です。
(2)レガシーシステムのベンダーロックイン
レガシーシステムの置き換え、つまりDXの準備が進まない企業では、ベンダーロックインに陥っているケースが少なくありません。ベンダーロックインとは、特定のベンダーに依存し過ぎたため、他ベンダーへの乗り換えが困難になる状態のことです。
老朽化したレガシーシステムは、独自開発もしくはパッケージを大幅にカスタマイズしたものが多くあります。改修が何度も繰り返され、受発注双方の担当者も変わり、ドキュメントも更新されていなければ、現状把握さえ困難になっています。
これは既存システムの担当者の問題ではありません。必要なリソースを割り当てて、適切な投資を行ってこなかった経営判断結果でもあります。
DX推進は、ベンダーにとっては「仕事を失う」ことにつながる場合もあるため、十分に協力が得られないことが少なくありません。契約内容によっては「自社のシステム情報」さえ把握が困難になることさえあります。
レガシーシステムの置き換えは、現業を止めず、現場の負荷をできるだけ増やさないよう考慮した計画が必要となります。しかしベンダーロックイン状態にあると、計画と実行に何倍も時間がかかってしまいます。
(3)ベンダーへ丸投げ体質
ベンダーロックインが起きてしまうもう一つの理由は「ベンダーへ丸投げ体質」です。システム開発をベンダーに丸投げしていると、ブラックボックス化が進んでしまいます。
硬直化してしまったシステムでは、素早い試行錯誤が必要なDXの推進は困難となります。
「ベンダーへ丸投げ体質」は、経営がITを(つまりDXも) “自分ごと”と捉えていないとも言い換えられます。「企業がデジタル化することで自らのビジネスを変革する」ことであるDXを推進する上で、この体質は大きな障壁となります。
ITを”自分ごと”と捉えていない企業では、DX推進自体をレガシーシステムを構築したベンダーに丸投げしている例も多く見られます。この場合「わが社のDXの答えを提案して欲しい」という依頼に答えなければならないベンダーは、無理やり納品物(ゴール)を仮置きし、ウォーターフォール型の提案をせざるを得なくなります。
本来のDX推進は、スクラム開発体制などに切り替えて、小さなチームで試行錯誤を繰り返し、根気よくプロダクトを育てていくことが重要です。
経営が「ベンダーへ丸投げ体質」つまりDXという「自らの未来」を「モノを買う」ように考え、「提案のそれらしさと値段」で判断しようとすると、DX推進の成功可能性はとても低くなります。
(4)人材不足と人材配置の工夫
DX推進において深刻な課題のひとつが、DX人材不足です。
経済産業省発表の「DXレポート」でもIT人材が足りていない状況は記載されましたが、そのなかでも特に、IT人材を活用しDXを推進できる管理職が圧倒的に足りていません。
DX推進には、これまでのやり方や考え方を変革する必要があります。つまり従来の優秀な管理職にとって、自分が培ってきたやり方や成功体験を否定されているように聞こえてしまい、前向きに受け止められなくなる場合もあります。前向きに受け止めたとしても、自らの成功体験をベースにDXを考えてしまうため、従来やってきた業務改善の域を越えられない場合もあります。
「外部からDXを推進できる人材を呼べば良いのでは?」と思われるかもしれません。
確かに多くの企業にとって、DX推進を自分たちだけで進めるのは困難です。
中途採用の強化や外部コンサルタントなどの専門家による支援も必要となります。
この時、「DXを買う」のではなく、「自らのデジタル化ため、体制を整え育ち変化していくために、どのような支援を受けるべきか」を考え抜くことが重要です。そして最終的に、自力でDX推進できようになることを目標とすべきです。
これは経営者にも同じことが言えます。
「DXは自分にはわからない世界なので、部下に任せておく」ではうまく行きません。
自らもデジタル化する覚悟が必要です。
3.DX推進に必要な3つのマインドセット
ここからはDX推進の成功に必要なマインドセットを解説していきます。
「具体的な答え」を期待される方も多いとは思いますが、マインドセットは「答えにたどり着くのに必要な心構え」ですので、ぜひDX推進の参考にしてください。
(1)まずは自分ごとになる
DXは経営課題を解決するための手段です。
従来のIT化が「既存業務をデジタルツールに置き換える」であるなら、DXは「デジタルを使って現業を成長させる発明をする。もしくは発明が生まれやすい企業文化を作る」ことです。明確なビジネス目標の設定は難しく、手探りで諦めず継続的に推進していく必要があります。
外部のDX専門家を招聘して丸投げしたり、DX関連サービスを買ってきたりしてもうまく行きません。経営者も含めた企業全体が、”自分ごと”としてとらえる共通認識を持つことが重要となります。
もちろん全員が、システムの設計や開発をできるようになる必要はありません。自分に与えられた任務を遂行するために必要な範囲よりちょっとだけ広くデジタルに踏み込もうという意識を持つだけで十分です。
“自分ごと”のマインドセットを持てれば、外部パートナーとの協力関係も作りやすくなりDXが今までよりスムースに推進できるようになります。
(2)現業を大切にする
新しい挑戦と現業を変えることは、同じとは限りません。
DXは「デジタルを使って現業を成長させる発明をする。もしくは発明が生まれるやすい企業文化を作る」と書きました。”発明”というとゼロから生み出さないといけない感じがするかもしれません。しかし多くの発明は、既存のアイデアの組み合わせから生まれるものです。
DXは経営課題の解決のための手段であり、あくまで目的は現業で起こっている課題の解決です。
現業の課題の「Who」を深堀し、様々なアイデアの組み合わせを検討し実際に試し、何度も振り返り続けることが、成功への近道となります。
「How」である流行りの技術に飛びつかず、現業の「Who」の深堀りする…そんな現業への愛もDXを成功に導く重要なマインドセットといえます。
(3)新しい可能性を信じること
DX推進を検討している方から、
「自分たちの情報リテラシではDX推進は難しい」
「自分たちの業界には合わない」
という話を聞くことがあります。
社内を隅々まで見渡すと、情報リテラシが高い人材は意外といるものです。
プライベートでスマホを使いこなし「自分のプライベートはスマホで便利になった。会社のシステムは、なぜ便利にならないんだろう?」と感じている人は少なくありません。
外部の専門家が持つ知見も活用して、継続的な取り組みをすれば多くの企業でDX人材の育成は可能です。経営者自身も「自分も社員も変われる」と信じなければ、DXは成功しません。
「自分たちの業界には合わない」と決めつけてしまうケースも散見します。
同業界の成功事例が見つからないからといってDXが不要とは限りません。
「誰も始めていないからこそ発明」「難しいからこそDX」であり、簡単なら従来の業務改善でしかないのです。
可能性を信じ続けるマインドセットは、DX推進にとても重要です。
<まとめ>DX推進は企業全体で新たな可能性を考えることが大切
国内企業のDXはますます推進されていくでしょう。
その成功には、経営者を含めた企業全体が共通認識を持ち、DXによる新たな可能性を信じて手探りでも改善を繰り返していくことが大切です。
現業の競争力を維持し更なる成長を目指すには、経営者や管理職、現場も一丸となってDXに取り組み自分たちの強みを理解し伸し続ける必要があります。
何度もお伝えしていますが、DXはあくまでも経営課題を解決するための手段です。
何を改善すべきで、そのために必要なことをデジタル視点で考えることができれば、決してできないことではないはずです。3つのマインドセットを持ち、DX推進をぜひとも成功させてください。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
監修者プロフィール
イージーワークス合同会社 代表 杉山 惠一郎
スクラム開発による内製開発チームの立ち上げやスクラムの開発外業務への活用支援、DX推進を得意とするコンサルタント。大手テレビ局・新聞社・百貨店・通信キャリア等のプロジェクトでコンシューマー向けの新サービスの立ち上げなどを数多く経験。
出典
※1:Dell Technologies Digital Transformation Index 2020
https://www.delltechnologies.com/ja-jp/perspectives/digital-transformation-index.htm#overlay=/ja-jp/collaterals/unauth/briefs-handouts/solutions/dt-index-2020-executive-summary.pdf
※2:DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_03.pdf