“目的”と“目標”の違いは何か?

作成日:2017年6月20日(火)
更新日:2017年7月11日(火)

目的、手段、目標。がむしゃらに頑張っているからこそ、時にはそれぞれを混同してしまう時もあるかもしれません。大切なのは、『どこにたどり着きたいのか』です。

皆さんは“目的”と“目標”の違いは何か、と聞かれて即答できますでしょうか。即答出来る人は日ごろから“目的”を意識して人生を過ごしている方なのかもしれません。
“目的”と“目標”は同じような使われ方をしますが、その意味することは違います。“目的”は最終的に達成したい事を指し、その“目的”を達成する為の通過点として設定するものが“目標”です。また“目的”を実現する過程で、複数の“目標”を経ることが多いです。

 

最終的にたどり着きたい事、つまり“目的”を持っているとします。その目的を実現するための通過点として目標があり、さらにその目標の前段階として別の目標があります。大切なのは、この目的と目標のピラミッドを意識して、『どのように目指す頂点へ登っていくか』です。目的を実現する為の手段、目標は複数存在することもあります。ということは、実現できなかった目標があったとしても、別の目標を設定することで、最終的に目的を達成することも出来るということです。

例えば人を救いたいから医者になる、弱い人を守るために弁護士になりたいと思い、勉強に励む学生などを例に考えてみましょう。実現したい“目的”があり、資格はあくまでその通過点の“目標”に過ぎません。しかしこの資格を目指していると、時に『資格を取ること自体が目的』になってしまうことがあります。資格はやりたいことを実現するための手段であるはずなのに、それ自体が目的になってしまうというケースですね。では、この場合に資格が取れなかったらどうなるか。もともとの目標を達成できずに挫折を味わうだけでなく、資格を取得すること自体をあきらめて、新たな目的を探し始めます。

ここで少し考えなければならないと思うのは、『資格を取る』という手段を通じて、実現したかった目的があるならば、その目的を『別の手段で実現することは出来ないか』という事です。もちろんそれが叶わぬこともあるかもしれませんが、手段を変えるという選択肢は、常に考えたほうが道が開けやすくなり、違う角度から目的にたどり着けるかもしれません。

目標 目的 手段私は理系だったので、高校時代には医学部を経て医者になるという選択肢を考えたこともありました。人を救う仕事で理系のバックグランドが活きる仕事をしたいと思うと、もっとも最初に思いついたのは医者という職業だったからです。医者は、患者と向き合い命を救うという最も分かりやすく人を救える方法です。他に、製薬会社で新薬を開発したり、ジェネリックでより多くの人に安価に薬を届けたい、というのも人を救うことに密接につながっていますね。
ガンの臨床試験に参加するガン患者を増やして、ガン治療のビックデータを構築し、医者が治療方法を適切なタイミングで行なえるようなプラットフォーム創造を目指しているベンチャー企業がありますが、これも人を救う仕事です。

学生当時はわかりませんでしたが、今考えると、このように人を助ける方法は医者以外でもいくらでもあります。異なる手段で『より多くの命を救う』という、同じ目的に向かっているのです。学生時代は世の中をそこまで知らないので、限られた知識の中で“目標”を設定し“目的”の実現をめざしますが、社会人になると世の中をより知ることが出来ますので、目的を実現させる方法は一つではない、別の方法で実現することだってできるのだと気づくのです。

最終的にたどり着きたい目的は抽象的になることが多いですが、通過点である目標は具体的でなければいけません。通過したとはっきり認識するために、出来る限り具体的であるべきです。

目標 目的 手段同じように間違えやすい、混乱してしまうこととして、“目的”と“手段”というのもあります。 “手段”が目的となってしまって、本来目指している“目的”から外れてしまうということはよくあることなのではないでしょうか。
私自身は、自分と向き合う時間を確保すること、そして新しい知識を学ぶために読書をしていまして、現在は年間52冊を目標としています。しかし、夏休みの宿題と同じで、途中さぼってしまう時期もあり、年末に一週間で10冊読まないといけないような事態に陥ります。
さて、ここでどんなことが起きるでしょうか?
その一週間で残り10冊を読み切ることが最優先となりますので、とにかく冊数をこなすことを目的に、400~500ページもあるような厚めの本は避けて200ページ前後のライトな本を選んで読みだすようになります。もともと読書は『自分と向き合うための時間』だったはずなのに、“冊数を増やすこと”が目的となってしまっているのです。
これは、“目的”と“手段”が入れ変わってしまった典型的な例です。“手段”を目的化してしまい、本来の意味をなさない行動を取り、意味のなさない結果にしてしまいました。

ちなみに“手段”を国語辞典で調べると「目的を達成するために、その途上で使う方法。」と書かれていますが、むしろ「“目標”を達成する為の方法。」という解釈のほうがわかりやすいですよね。

どこを目指しているのかの“目的”と、その通過点である“目標”を常に意識することは大切ですが、ついつい忘れてしまうものです。目的や目標を忘れないためには、色々な工夫が必要です。 例えばチームを運営する際に、年初に立てたチームのミッションや、月次の目標や強化項目などが時間が経つにつれおざなりにされてしまうことがあります。しかし、週次ミーティングの最初に確認する事を習慣化してしまえば、チームが向かっている行き先(目的)が常に共有されることでしょう。

目標 目的 手段また、私も経験がありますが、最初から手段や目標を目的だと思い込んでしまうケースもあります。私は中学・高校は進学校に通い、良い大学に入ろうと必死に勉強していました。良い大学に入り、良い会社に就職する。そのために勉強をしていました。しかし、では「なぜ良い会社に就職したいのか?」という目的は、正直考えていませんでした。
この進学に関することは、いずれもその先の人生における目的のための『手段・目標』であるはずなのに、その目的がなんなのかを考えずに、ただ良い大学を目指すようになっていました。

そのまま就職活動の時期を迎えた私は、就職先を決めるにあたって、『自分のスキルを短期間で伸ばすことができ、かつ色々な業界に触れられる仕事を選べば、やりたいことを探せるのでは』と思い、外資系のコンサルティング会社を選択しました。この時点でも、まだ目的は見つかっておらず、手段ばかりに目が向いていました。
私自身、起業するまでの30年は手段ばかりに目を向けていました。20代のころは「給与を上げたい」とただ漫然と思っていましたが、では給与を上げて何がしたいのか?何を得たいのか?どんな感情を得たいのか?といったことは考えていませんでした。
つまるところ、「まわりの人よりも良い環境を得たい」ということだけだったのではないかと思います。それは、『本当の意味』を考えないまま歩いているわけで、『自分の価値観』を置き去りにしていたのだと気づきました。
私は、“日本を元気に”するために起業しました。たくさんある方法の中で、プロフェッショナル人材に新しい働き方を実現する社会インフラを作ることを手段にしようと思いました。それにより、プロフェッショナル人材が挑戦しやすい環境が整い、日本を元気にできるのではと思いました。
もともと“日本を元気に”という考えから地方創生を個人コンサルタントとしてやっていきたいと思っていたのですが、自分一人では力不足であると痛感しました。
しかしその後、多くの人と出会い、同じように地方創生を志し独立した優秀なプロフェッショナルが多くいらっしゃることを知りました。そこで「よし、やり方を変えてみよう」と思い立ち、私は、自分が直接地方創生の活動をするのではなく、同じ志を持ったプロフェッショナルが活躍できる社会インフラを作る事で、地方創生を進めることができるのではと考えています。そして、そのやり方は今でも模索しています。

みらいワークス 岡本

就職活動や読書を通して自分と対峙してみると、いつの間にか手段が目的になってしまっていたことに気づかされます。また、時には目標を定めないまま歩いてしまうことだってあったのです。
さまざまな経験をしたり、たくさんの方のお話を伺ったり、読書をしたり、旅行をする中で、自分と向き合い、今は目的も手段も目標も明確になっています。
私の今の目的・手段・目標はこれらです。

<目的>日本のみらいの為に挑戦する人を増やす
<手段>みらいワークスが、“プロフェッショナル人材が挑戦するエコシステム”を支えるプラットフォームとなり、挑戦を支え、“次の挑戦への機会を提供”する
<目標>プロフェッショナル人材が挑戦するエコシステムを創造する

物を作り上げていく過程で、さまざまなことが起こります。私が今立てた手段などにも変更を加えなければならない時が来るかもしれません。
大切なのは、最終的に叶えたい根幹を見失わないこと。根幹を見失わないようにしながら、柔軟な考えを持って、目的地にたどり着きたいと思っています。