【プロフェッショナルインタビュー】ESG戦略を実現するための成功ポイントとは? ESG戦略の課題や推進に必要な要素も紹介

2022324日の日本経済新聞の報道によると、早ければ2023年度より有価証券報告書に置いて、サステナビリティに関する記載項目が新設される見通しとなりました(1)。こうした動きの背景には、「気候変動、水資源の不足、人権問題、格差問題といった、多様な課題が山積する現代の社会において、企業は自社の利益だけを追求して活動していても長期的に成長することは困難である」との共通認識が形成されてきたことがあります。そこで重視されるようになったのが、3つの観点「ESG」です。

ESGとはどのような考え方なのでしょうか。また、SDGsとはどのような違いがあるのでしょうか。そして、企業にはどのような対応が求められるのでしょうか。本記事では、主に開示領域を手がけ、ESG戦略支援も手がけるプロフェッショナルにお話をうかがい、ESGの基本から、ESG戦略で生じがちな課題、ESG戦略推進のためのポイントまで解説いただきました。

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1.ESG戦略とは?

ESG戦略とは?_みらいワークス

まず、ESGとはどのようなものなのか、基本的なところから見ていきましょう。

1)ESGとは

気候変動や水不足といった環境問題、人権問題や差別といった社会問題など、現在の社会にはさまざまな課題が山積しています。その社会において企業が長期的な成長を実現するためには、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の観点に配慮した経営が必要である——という考え方に基づいて生まれたのが「ESG」という言葉です。

ESGに対する注目は世界的に高まっており、上記3分野の観点を重視した経営戦略である「ESG戦略」をとる企業も増加。そして、ESGに配慮した経営や取り組みを行う企業に対して投資する「ESG投資」の動きも加速しています。

2)PRI(責任投資原則)とは

ESGという言葉が明示されたのは、2006年に国連が提唱した「責任投資原則(PRI)」です。これは、「投資に際しては投資先企業の売上高や利益といった財務指標だけでなく、ESG3要素も考慮・反映することにコミットします」という機関投資家の行動原則を示したもので、6つの原則が策定されています。

これ以来ESG投資は世界的に増加し、2020年における世界のESG投資額は約350兆ドルと、世界の投資額の35.9%を占めるに至っています(※2)。また日本でも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)をはじめ102の機関ががPRIに署名しており(202112月末時点 ※3)、20213月末時点の日本のESG投資は前年比65.85%増の514兆円まで伸びました(※4)。

3)SDGsとの違い

ESGと近しい言葉として、「SDGsSustainable Development Goals)」があります。日本語で「持続可能な開発目標」を意味するSDGsは、2030年までに持続可能な社会を実現することを国際的な目標としたもので、2015年に国連で採択されています。

SDGsは環境や社会に配慮して持続可能な社会を築くことを目指した目標で、企業などの組織はもちろん、国単位でも取り組みます。対してESGは、企業においてその経営や事業運営上配慮すべき観点・側面であり、重視する要素。企業がESG戦略に取り組むことは、結果的にSDGsの目標達成につながることになります。

4)ESG戦略の考え方

企業におけるESG戦略の具体的な内容や、環境・社会・ガバナンスのどの分野についてどのように取り組むかは、各社の置かれている状況や重視するイシュー、以下のような要素によって異なり、各社がその状況を鑑みて策定することになります。

  • a. 自社の事業・活動内容がステークホルダーに与える影響ならびに依存する程度
  • b. aに照らして把握される課題(顕在化しているものだけでなく潜在的なもの。さらに、自社だけでなくステークホルダーが直面する課題も)
  • c. bの解決に向けて活用できるリソースの状況(人材・コスト・技術など)

戦略策定にあたり考慮すべき観点としては、「リスク管理」という守りの側面と「機会の獲得」という攻めの側面があります。企業としてリスクに備えるという観点を主眼に置き、自社にとって重要なESGのイシューを把握して体制を構築する、というのが守りの側面を重視したESG戦略の考え方です。そして、ESGの取り組みを「自社の売り上げなどを伸ばしていく機会」として生かすべく、事業展開を考えて具体的な戦略に落とし込むのが攻めの側面を重視したESG戦略の考え方です。

最近は、環境の分野において「脱炭素(カーボンニュートラル)」の取り組みが進みつつありますが、こうした状況に新しいチャンスを見出してESGの取り組みを進めていくというのは、攻めの側面を念頭に置いたESG戦略の一例として挙げられるでしょう。

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2.ESG戦略で生じやすい課題と成功ポイント

ESG戦略で生じやすい課題と成功ポイント_みらいワークス

前述のように、ESG戦略の内容は企業によって異なりますが、ここでは一般的に生じやすいESG戦略上の課題と、その課題解決につながるポイントを解説します。

1)自社にとってのマテリアリティ(重要なESGテーマ)を分析する

ESG戦略は、自社の長期的な成長に必要なものであり、その結果として多様なステークホルダーや、ESG投資を行う投資家との関係にも影響を及ぼす観点です。

策定にあたっては、自社をとりまくステークホルダーとの関係、それぞれに与える影響、投資家のニーズや評価などを分析・加味することが重要なポイントとなります。ステークホルダーや投資家がESGの観点で企業をどのように見ているか、企業のどのような取り組みを評価するかといったことを把握し、戦略策定に生かしましょう。

2)ガバナンスを強化する

ESGの活動は組織や業務に定着させて継続的に取り組む必要があります。そのためには、ガバナンスの強化が不可欠。これは5つの中でも最も重要なポイントです。これまではガバナンスに対する考え方が日本と海外で全く異なり、日本企業は内向き志向でガバナンスが機能しづらい傾向が見られました。

ガバナンス改革に際しては、多様な人と議論して目の前の利害関係だけにとらわれない判断をすること、社内でも執行役員や取締役などのレベルでしっかり議論する体制をつくっていくことが肝要です。

3)時間軸ごとに戦略を整理する

ESG戦略の内容にもよりますが、取り組みによってはパフォーマンスを測れるようになるまでに準備期間を要するものもあります。そうした取り組みは中長期的な視野で考える必要があります。並行して、投資家からの評価を考慮した取り組みも欠かせません。そうした点を踏まえ、短期・中期・長期といった時間軸ごとに戦略や具体的なタスクを整理することが求められます。

4)情報開示を通じてステークホルダーの信頼醸成と自社の進捗把握を行う

自社のESG戦略を成功させるためには、従業員、顧客、取引先などのステークホルダーにその意義や内容を理解してもらうプロセスが欠かせません。また、投資家の評価を得るという観点でも、情報ギャップを埋めて正しく理解してもらう必要があります。

そのために行うべきは、透明性の高い情報開示です。自社の重要課題、ESG戦略の内容とそのKPIなどを中心に、環境・社会・ガバナンスの各分野に対する自社の考えと取り組む行動を、各種資料で明確に開示しましょう。

また情報開示のプロセスは、企業内部での経営管理の側面において戦略の進捗を定期的にレビューし、次の打ち手を把握する手段として機能します。自社のESG戦略の状況を把握し推進する観点でも、情報開示の取り組みが求められます。

5)状況に応じて見直す

環境や社会の変化に応じて、自社の課題や各分野における課題のあり方も変化します。となれば、ESG戦略もその変化に応じてその内容を変えていく必要が生じることになります。施策の結果や外部環境などの各種要素を定期的に振り返り、必要な改善を促すPDCAを回しましょう。

3.ESG評価の高い企業」の特徴や取り組み

「ESG評価の高い企業」の特徴や取り組み_みらいワークス

日本でもESGへの対応を進める企業が増えつつあります。そのなかでもESGの観点から高い評価を得ている企業には、どのような特徴があるのでしょうか。前章の成功のポイントと合わせて見ていきましょう。

1)執行役員や取締役レベルでしっかりと議論する

先にも述べたように、執行役員や取締役のレベルでESG戦略についてしっかり議論できる体制を構築することも大切なポイントです。こうした場で会社としての高度な意思決定ができると、社内外にESGに対する意思、スタンスを明確に示すことができ、以降の推進強化につながります。

役員報酬にESG戦略を紐付け、ESGへの評価が役員自身の評価につながるようにするという方法も、戦略の実行力を高める選択肢の一つです。デロイト トーマツ コンサルティングと三井住友信託銀行が共同で実施した「役員報酬サーベイ(2021年度版)」によると、東証一部上場企業を中心とした調査対象企業1,042 社のうち67社(6.4%)が役員報酬の決定にESGの指標を活用しているとの報告もあります(※5)。

こうした議論の場を今すぐ整備するのは難しいという企業もあるかもしれませんが、議論の場が必要だという考えをもち、その実現に向けて手を打つことができれば、ESG評価もいずれ高くなることが見込まれるでしょう。

2)業績に直結しないイシューについても、自社の「あるべき」姿に照らして追求している

例えば、人材紹介を手がけるみらいワークスの場合、自社で働く人材だけでなく、自社サービスを活用してくださるフリーランスのプロフェッショナル人材も重要な存在です。それを理解している営業担当者は、接する人材に対して「こうあるべき」という考えをもち、一人ひとりに配慮した言動をとることができます。そして、その積み重ねが自社の価値を高めることになりますが、現場でのそうした動きは企業業績などの大きな数字には表れづらいため、社内ではなかなか評価されないことも。

そこで、そういう小さな行動の一つひとつが企業価値を高めているのだということを理解し評価する文化がある企業、社員の小さな行動にもアンテナを張り評価するマネジメントができる企業は、ESGに配慮した取り組みも自然と進んでいくのではないかと考えます。

3)都合の悪い情報も誠実に開示する

従業員数、退職率、売上高……企業が開示する情報は多岐にわたり、それらのデータからは「今の企業の姿」が見えてきます。いい結果は積極的に開示したいと考える一方、悪い情報はできるだけ出したくないと考える心理は多くの方にあるものでしょう。

だからこそ、見栄えの良い情報だけでなく、時として不都合な情報であってもきちんと開示し、着実に改善を果たすことができる企業には、透明性の高さと誠実さを示す機会となるのです。こうした企業姿勢は、環境や社会の課題解決の観点に配慮するESGと親和性の高いものといえます。

4.ESG戦略を推進するマネジメントに必要な要素

ESG戦略を推進するマネジメントに必要な要素_みらいワークス

企業がESG戦略を推進するためには、担当組織を決め、あるいは構築し、担当者を配置し、組織としての方針を打ち出し、業務を進める仕組みを整える、といったことが必要になります。そのマネジメントに本質的に必要な要素として、次の2つが挙げられます。

1)トップが積極的に関与する

企業において、特に事業部門では管掌するビジネスが優先される結果、ESGに関わる取り組みは優先順位が下がってしまうことも少なくありません。ESG戦略を推進するには部門を超えた連携も重要となりますが、協力を得られない場面もあるでしょう。

そうした壁を突破してESG戦略を推進するには、トップが「やる」と意思決定し、自身も実際に関与して、ESG戦略を担当者が推進しやすい体制を整えることがカギとなります。

2)人材を育成・配置する

ESG戦略は継続的に取り組むものであり、その中では社会や環境の変化に適応することが不可欠です。新たに対応が求められるテーマをESG戦略に追加するような場面もあるでしょう。企業に対応が要請されるテーマは多様化が進むとともに、一つひとつの領域に求められる専門性の高度化が進んでいます。したがって、ジョブ型雇用に基づく人事慣行への移行になじみやすい分野とも言えます。

ESG戦略を本当の意味で実現するためには、社内でエキスパートを育成し、ナレッジを蓄積するというあり方が望ましいと考えられます。その実現の方法としては、一時的に外部のプロフェッショナル人材に業務委託などの形式で参画を仰ぎ、ESG戦略の遂行のサポートを受けながらエキスパートとしてのノウハウを学ぶといった伴走型の育成も選択肢の一つでしょう。

3)推進体制の構築

トップが積極的に関与し、強力な推進力を持つことが重要なのは前述の通りですが
それに加え、組織としての体制構築も重要な要素となります。

具体的には

  1. 推進の専門部署(部・室・課)を設置
  2. 専門部署に頼らず、横断的にテーマを議論する会議体の設置

の双方を並行して行うことで、直接関連しない社内の各部門の社員にまで、ESGの取り組みを示すことに繋がります。

ただし当然ながら、組織体制を構築しただけでは、ESGの取り組みが推進されるわけではありません。
こうした体制を構築した上で「誰がどのように推進していくのか」を明らかにし、推進部署から積極的かつ高頻度に情報を発信していくことによって、社内への浸透を進めることができます。

5.まとめ

現代の企業にサステナビリティの観点は不可欠であり、特に上場企業についてはESGに関する対応が求められるようになっています。この流れは一過性のものではなく、本格的な体制整備は極力早く始めるのが望ましいでしょう。

ESG戦略は、ステークホルダーや投資家からの評価も重要なポイントですが、その取り組み姿勢が社外に伝われば「そういう価値観をもつ企業」として学生から注目・評価され、人材採用の面でも効果的に働くことも。ESG戦略は情けは人のためならずを実現する経営ともいえそうです。

(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)

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出典
※1:気候リスクや人材価値、有報に記載欄新設へ 金融庁方針(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB244UC0U2A320C2000000/
※2:GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020(The Global Sustainable Investment Alliance)
http://www.gsi-alliance.org/wp-content/uploads/2021/08/GSIR-20201.pdf
※3:Signatory Update Oct - Dec 2021(PRI)
https://www.unpri.org/download?ac=14962
※4:サステナブル投資残高アンケート2021 調査結果(日本サステナブル投資フォーラム)
https://japansif.com/wp-content/uploads/2021/11/JSIF%E6%8A%95%E8%B3%87%E6%AE%8B%E9%AB%98%E8%AA%BF%E6%9F%BB2021-1.pdf
※5:『役員報酬サーベイ(2021 年度版)』について (三井住友信託銀行株式会社)
https://www.smtb.jp/-/media/tb/about/corporate/release/pdf/211122.pdf/