【プロ監修】失敗しないDXのステップや進め方とは?
将来予測の不可能な「VUCAの時代」といわれる現在、刻々と変化する市場に適応して企業が勝ち残るために、必要とされているのがDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進です。
加えて、2020年以降は新型コロナウイルス感染拡大により、世の中が激変。これまでの日本企業では誰もできると考えていなかったリモートワークの普及が可能になり、オンライン会議も当たり前の光景になるなど、これまでの前提条件がすべて書き換わる「ゲームチェンジ」が起こっている状況にあります。
そうしたなかで、日本においても多くの企業で「DXを推進しなければ」と考えられてはいるものの、DX推進を成功に導くことができている企業はごくわずか。「DX」という言葉だけが一人歩きしている一方で、DXとして掲げた取り組みが単なるITの導入・活用に留まっているケースが少なくありません。
企業においてDXを推進するにあたって失敗しないようにするために、また本質的に成功させるためには、どのようにDXを進めていけばいいのでしょうか。本記事では、日本企業におけるDX推進の現状や失敗事例などをふまえつつ、本質的なDX推進を成功に導くためのステップや進め方について、豊富な経験をもつプロフェッショナルによる解説をご紹介します。
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1.経産省レポートに見る日本企業のDX推進の現状
「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、2004年にスウェーデンの大学教授が発表して以来、世界各国で推進されるようになりました。日本でも経済産業省により、日本企業がDXを実現するうえでの課題の整理とその対応策の検討が行われ、報告書「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」として発表されました。
この報告書に対し、「DX実現のためのアプローチや必要なアクションについてのガイドラインが必要である」という提言がなされたことから、同2018年12月に「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver.1.0」が策定・発表されました。
このガイドラインにおいて、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。
しかしながら、筆者ががこれまで多くの企業とDXの推進についてお話をしてきたなかで、「多くの企業がこの定義に固執するあまり、何をしていいかわからなくなってしまっている」のが現状であると感じています。
また、冒頭の「DXレポート」では、「『2025年の崖』問題の解決に向けて、企業は老朽化した基幹系システムを刷新する必要がある」といった趣旨の警告がなされましたが、このことが「DX=レガシーシステムの刷新」という誤解を生んでしまいました。このことについては、2020年12月末に経産省が公表した「DXレポート2 中間取りまとめ」で述べられています。
「DXレポート2」では、企業全体の9割以上が、「DX自体を理解していない『DX未着手企業』」または「DXを推進したい考えはあるものの散発的な実施に留まる『DX途上企業』」であるという調査結果が記載されています(※1)。これが2020年時点の、日本企業におけるDXの現状です。
2.本質的なDXを推進するためのステップや進め方とは
日本において「DX」という言葉がいわばバズワードのように叫ばれるようになった反面、「DX」が指しているものが「ITの導入・活用」と変わらないケースが非常に多いように見受けられます。「DX」が「IT」の延長線上でしかないように誤解され、DXの本質が理解されていない状況がまだまだ続いているのです。
そうした状況では、「DXの推進が必要。それならばまずは基幹システムの再構築を」と実行したとしても、それはいわば「見せかけのDX」のようになり、業務にも現場にも顧客価値にも変革・改革を起こすことができていません。DXの戦略もコンセプトもない中で基幹システムだけ刷新しても、DXにより得られる効果の本質的な実現には至らないのです。
こうした状況を踏まえたうえで本質的な意味でDXを推進するためには、いきなり応用から始めようとせず、ステップバイステップでしっかり基礎を固めながら一歩ずつDXの取り組みを進めていくということが大切であるというのが、筆者の提案です。ここからは、そのステップを大きく3段階に分けて解説します。
1)まずは業務のデジタル化から着手
DXの着手の第一歩は、業務のデジタル化から。「業務単位」で小さく始めることをおすすめします。具体的には、まずは業務の現状を正確に把握し、デジタル技術の導入によって効率化できる業務はどれか、今困っていることの中でデジタル化によって解決できる課題はあるか、といったものを探し、デジタル化を進めていくのです。
「DXは単なるデジタル化、単なるシステム再構築ではない」という話と矛盾するように聞こえるかもしれませんが、最初からいきなり「DX=変革の実現」という視点を入れると、構想が壮大になり、結果として何をしていいかわからないということにつながりがちです。
それに、業務のデジタル化は一つの業務の改革であり、このフェーズを最終的にDXの本質的な目的につなげることは十分可能です。どの業務からデジタル化するか判断に迷ったら、デジタル化によって向上する効率性、軽減できる負荷量、顧客に対する提供価値の向上といった視点で優先順位をつけていくといいでしょう。
2)タテにつなげた後にヨコにつなげる
「業務単位のデジタル化から小さく始める」という話とも重複しますが、DX推進のステップとしては、最初は業務単位あるいは課単位で取り組みを始めると現実的に進めやすくなります。そうして業務単位、課単位でのDXが成功したら、次に部門単位といったように、DX推進の取り組みフェーズを社内の縦のラインへ波及させていきます。
小さい単位でプロジェクトを進めればPDCAも短期間で回しやすく、効果も見えやすくなります。何より、社内の組織間で縦横の調整をせず進めることができます。そうして小さい単位から少しずつ、DXの取り組みをボトムアップで着手していくことが重要なのです。クイックウィンを通じてDXに対する会社の機運を高めていくことが大切です。Aという部署で何かやったら成功したというの見て、うちの部署もやろうとのっかってくる、そういうきっかけとなる象徴的な事例を積み上げていくことがDXを会社レベルにするためには重要です。
そして、「ここから先のデジタル化はうちの部だけでは解決できない」というところまで進められたら、他部門など社内の横のラインへDX推進をつなげるフェーズに移行しましょう。社内の業務は、ある一つの課や部だけでは完結せず、他部門との連携が必要となることも多いもの。そうした業務にもDX推進を行っていくならば、いずれは横軸で並んでいる他部門へつなげていく必要があるわけです。
3)最終的には企業の利益への寄与を視野に入れる
DXの着手ステップとして「業務をデジタル化する」という取り組みは有効ですが、ただデジタル化しただけではDXの本質である「ビジネスや組織の変革」を実現することはできず、企業の利益に寄与するところへ到達できません。ステップを踏んでDXを推進しながら、少しずつ全社的なDX推進構想、戦略といった視点をもって進められるのが理想です。
これは一例ですが、業務のデジタル化が社内へ波及した結果、さまざまなデータを収集しやすくなった企業がデータを分析して現状を迅速に把握し、新たな価値の創造につながるビジネスモデルの変革・改革を実現するに至る、というようなDXの進め方も考えられます。
なお、DX推進の取り組みを社内の縦軸や横軸につなげていく過程で重要なのは、部門長以上のマネジメントがDXを推進する姿勢であることです。DXの推進に向けて部を超えた取り組みを行うためには、課長や部長レベルのマネジメントだけでは限界があるからです。
その際いずれのマネージャーも、DXやデジタルの先端技術について詳細を理解している必要はありませんが、基本的なリテラシーは必要です。デジタル的なリテラシーは、これからのマネジメントの必須知識といえるのではないでしょうか。
3.日本でDXが失敗する理由と成功に必要なもの
経営コンサルティングファームのボストンコンサルティンググループが2020年に実施した調査(※2)によれば、DXに成功している日本企業はわずか14%で、調査対象国全体の平均(30%)の半分以下でした。多くの日本企業が、なぜDXを成功に導けないのか——。いくつかの角度から、その理由を確認することができます。
1)DX失敗事例
日本のマイナンバー制度は、「行政の効率化、国民の利便性の向上、公平・公正な社会の実現のための社会基盤」(総務省Webサイトより)として導入されましたが、結局誰も使いこなせておらず、成果をあげることができていないのが現状と言わざるを得ません。
2020年、新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として特別定額給付金が支給されました。この際も「マイナンバーがあれば申請がスムーズ」といった触れ込みであったものの、実際にはマイナンバーカードと読み取る機器が必要であるなど申請も容易ではなく、申請を受けた自治体側もさまざまな処理を手作業で行うなど、「何のためのマイナンバーであったのか」という結果に終わりました。
なぜこのような状態になっているかといえば、国や自治体にとってはマイナンバーを導入すること自体が目的になってしまい、マイナンバーを導入して何を効率化するのか、何を実現するのか、といったところにまで考えが及んでいないからです。この状況は、変革・改革を実現する手段であるはずのDXが目的化してしまっている「DXの失敗事例」の代表的なものといえます。
2)先端技術を使うことが目的化すると失敗する
さまざまな企業の方とお話をしていると、「DXの推進にAIを使いたい」といった漠然としたご相談をいただくことが度々あります。しかし、実際の課題や解決の方向性を伺いよくよくお話をしてみると、「それならAIは必要ないのでは」「今使っていらっしゃるシステムをカスタマイズすれば事足りるのでは」という結論になることが圧倒的に多いのです。
DXの推進といったとき、「レガシーシステムの刷新」と同様にイメージされがちなのが、「AIやIoT、センシングといった技術を使うこと」ではないでしょうか。特に上場企業は「DXをしている」「AIを活用している」などと打ち出すことが、市場に対して大きなアピールになるという事情もあります。
しかし肝心なのは、DX推進によって成し遂げたい変革こそが「目的」であり、DXはそれを実現する「手段」であるということ。そして、その目的を達成するためには、最もシンプルに課題を解決できるソリューションを選ぶべきであるということです。
例えば、DX推進にあたり多くの企業が着手することとして、「手書きで処理していた紙の文書のデジタル化(ペーパーレス化)」というものがあります。この取り組みにおいて、高額な費用をかけ、文字認識のAIを自社開発する必要が絶対にあるかといえば、まったくそうではありません。
この分野では、OCRをはじめさまざまなテクノロジーがすでに開発されていますし、文章の書き起こしなどのテキスト化サービスを提供するベンチャーも多数存在します。そうした既存の技術やサービスを活用するほうが安価でスピーディーに目的を達成できるはずです。業務の改善、組織やビジネスモデルの変革に必要な手段を見極めてから、自社で開発をする必要があるのか、AIなどの技術が必要かどうかを判断できることになります。
加えて、ここで重要なのは、「これ以降は紙の文書を作成せず、最初からすべてデジタルでインプットする」という業務改善を同時に行うことです。これがなされないと、紙をデジタル化するという業務が発生し続けることになり、DXの本質的な達成にはなり得ません。
3)DX推進のノウハウを社内に蓄積する体制づくりを
企業がDXを推進するにあたっては、デジタル技術の活用やビジネスモデル・組織の戦略をマネジメントする人材の採用・育成が不可欠ですが、現在はIT人材そのものが不足しており、優秀な人材の確保はそもそも困難。そこで、DX推進プロジェクトをコンサルティングファームやSIerに依頼するケースが少なくありません。
コンサルティングファームは数人のコンサルチームを構成してプロジェクトをリードし、ある時点で「御社のDXには『これ』が必要です」と“正解”を提示してくれるでしょう。しかし、その検討プロセスは企業には共有されないことが大半です。そうなれば、その過程で発生するDXに関するノウハウや知見が企業には伝達されず、コンサルチームがいなくなれば企業だけでは何もできなくなってしまいます。
他方、IT人材の72%がベンダー企業に属している(総務省「2018版 情報通信白書」)(※3)とされる日本では、SIerに依頼すれば、デジタル技術を活用できるIT人材の確保は実現できるかもしれません。しかし、筆者の協働経験から言えば、SIerはコンサルテーションの部分を担うこと、特にDX戦略を描く部分については得意とは言いがたいように見受けられます。
こうした状況で、企業のDX成功に貢献する人材確保を実現するには、外部のプロフェッショナル人材に期間限定でプロジェクトに参画してもらうという進め方があります。そこでは、ヒマラヤ登山を案内人である“シェルパ”がガイドするように、そのプロフェッショナルにDX推進をリードしてもらいつつ、社内の担当者が一緒に考え検討プロセスに参加するのです。
すると、「DX推進のために何をどう考えるべきか」というDXの勘所とでもいうべき思考プロセスやマインドを、社内担当者自身が経験し学ぶことができます。その結果、プロフェッショナル人材から企業に対してDXに関するナレッジトランスファーが行われ、企業内部にナレッジが蓄積されます。そして、プロフェッショナル人材がいなくなったあとも、企業自身がDXを推進することができるようになります。
企業全体でDXを本質的に推進するのは、短期間では困難です。最終的な目的達成を見すえて企業がDXを推進するためには、このように、DXプロジェクトを成功へと導きつつノウハウを継承する“シェルパ”のような存在が非常に有用であると考えます。
4.日本企業におけるDXの成功事例
ここまで述べたように、日本企業の多くではDXの推進は現在進行形であり、本質的な意味でのDXの成功事例はまだそれほどありません。その中で今回は、筆者が以前にお手伝いさせていただいた企業のDX推進事例をご紹介します。
1)見積もり対応のデジタル化
この企業は機械工具を扱う大手商社で、大規模な倉庫で数多くの商品を取り扱っています。これらの商品に対して毎日、平均5万件もの見積もり依頼が寄せられていますが、従来は営業担当者がすべて手作業で対応していました。そのため対応に手間と時間を要し、最終的に受注に至る割合は21%。高負荷、非効率、機会ロスというのが課題でありました。
これを改善するべく、同社ではSAP/HANAを導入してシステムをクラウド化。AIによる見積もり対応の自動化を実現しました。その結果、月間1,300時間に及ぶ業務量を削減することができ、見積もり回答に要する時間も数時間〜1日であったところを3〜5秒と劇的に短縮。受注率も27%まで向上したのです。
さらに、自社のビッグデータと市場の価格動向データなどを合わせて「こういう見積もりを作ると受注確率が上がる」といったデータ分析も可能になり、最適な見積もりと納期を自動算出して顧客満足度を高めるという競争力もつけることができました。
ビジネスモデルや組織の変革といったところまでの成功事例とまではいえないかもしれませんが、デジタル化による業務効率向上に加えて顧客満足度の向上という価値の創造につなげることができた事例です。
2)倉庫内作業・配送管理の自動化
こちらも前述の商社で実現した事例です。同社は受注した多数の商品を物流倉庫から日々配送しています。近年は商品が多品種化するなか、少数での注文も多く、出荷数は激増。倉庫内作業では必然的に多くの人手を要することになり人件費も莫大になる一方、人材不足という課題も生じています。
また、機械工具の販売についても企業間競争は激しく、納期の短縮ニーズに応えなければなりません。ラストワンマイルでは配送するトラックとドライバーの確保が不可欠ですが、例に漏れず人材不足の傾向が激しく、配送コストも上昇しています。
そこで行ったのが、倉庫や物流を管理する作業の自動化です。ベンチャー企業とタッグを組み、倉庫内の在庫管理やピッキング、配送における配車マッチングなどの業務を自動化することで、さまざまな課題の解決を実現したのです。
同社の強調すべき点は、DX推進において他社のリソースや技術を積極的に活用している点にあります。自社で内製もしていますが、すでに開発されている技術や提供されているサービスがあればそれを積極的に活用するという方針を貫き、DXを推進しているのです。
5.まとめ
従来は「そんなの絶対無理だろう」と思われていたような改革が、技術の進歩によって実現できるようになった——。そうした事例は枚挙にいとまがありません。
「DX」というととかく難しく考えられがちですが、ビジネスモデルや組織において「そんなの絶対無理だろう」と思われていたことを実現できるのがDXという取り組みであるととらえると、DXの可能性は大きく広がるのではないでしょうか。
ただ、DXを失敗させず推進し続けていくためには、「経営層や役員など部門長以上のマネジメントがDXをリードするというマインドをもち、部門横断で構想を実行できるようにすること」と「DXの推進を担う人材を採用・育成すること」の2つが不可欠です。
先ほども述べたように、DX推進の戦略をリードし人材確保を解決する策として、コンサルティングファームやSIerのサポートを求める進め方もありますが、それではDX推進に関するノウハウが社内に残りません。
他方、DX推進における“シェルパ”的な存在プロフェッショナル人材のサポートを得る進め方をとることができれば、DX推進の思考プロセスやマインドの体験を通じてそのノウハウが社内に蓄積されますし、プロフェッショナル人材との協働経験がDX人材の育成にもつながります。
今は副業を推進する動きも加速していますし、プロフェッショナル人材の人材マッチングサービスやプラットフォームなどもあります。そうした状況で“技術者のシェアリング”が加速し、それを事業会社が活用することができれば、DX実現という成果だけでなくそのノウハウや人材も企業の資産として得るととができるようになるでしょう。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
監修者プロフィール
桝谷 長男
外資系コンサルティングファーム出身のプロフェッショナル人材。株式会社みらいワークスの支援する数十社のDXプロジェクトの推進をリードしている。
出典
※1:DXレポート2中間取りまとめ(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation_kasoku/pdf/20201228_2.pdf
※2:デジタルトランスフォーメーションに関するグローバル調査(ボストン コンサルティング グループ)
https://www.bcg.com/ja-jp/press/28october2020/14-percent-japanese-companies-succeeded-digital-transformation-comprehensive-strategy
※3:日米のICTとイノベーションの現状(総務省 平成30年版 情報通信白書)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/pdf/n1400000.pdf