【プロ監修】マーケティング人材の育成が急務!求められるスキルと育成ポイント
現代の企業の経営や活動において、マーケティング施策は不可欠です。特に、市場の変化が激しく、また感染症拡大の影響でオフラインの活動が制限される状況にある今は、デジタルの領域を中心としたマーケティングの役割は重要性を増しています。
マーケティング施策遂行のためには、マーケティング人材の確保が必要となりますが、採用しようにも人材が不足しているのが現状。社内で人材育成するのも容易なことではありません。
そうした状況を踏まえ、本記事では、マーケティング人材に求められるスキル、マーケティング人材育成のためのポイントなどについて解説します。
※本コラムは、P&Gやユニバーサル・スタジオ・ジャパンでマーケティング領域で成果を上げてきたマーケティングコンサルタントが監修しています。
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1.マーケティング人材を確保する重要性
総合ITサービス企業であるTIS株式会社が2015年に実施した調査(※1)では、95.3%の企業が「デジタルマーケティングの重要性」を感じていると回答しています。また、富士通総研の2019年調査(※2)によれば、75.5%の企業が「デジタルマーケティングはビジネスに貢献している」と回答。
同調査では、デジタルマーケティングに取り組むことによる副次的な効果として、「社内がデジタルマーケティングの重要性や効果を認識するようになった」「データをもとに営業やマーケティング活動をするようになった」といった意見が挙がるなど、デジタルマーケティングへの取り組みが社内の意識や行動の変革にも影響している様子がうかがえます。
こうした効果を得るため、マーケティング施策を任せられる人材の確保が各企業で課題となっています。なかでも、デジタルなチャネル・技術を活用するデジタルマーケティングの領域では、そうした知識に長けた人材の採用・育成が欠かせません。その主な要因としては、次の3つが挙げられます。
1)DX推進の加速
昨今、世界各国でDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が叫ばれています。企業が競争力をつけて成長していくためにDXの推進が必要であるのは、日本企業も例外ではありません。
DXというと、業務のデジタル化、デジタル技術やデータを採用した商品・サービスの開発を思い浮かべがちですが、本質的な目的は、デジタル技術やデータを活用してビジネス・事業や企業のあり方自体を変革することにあります。
組織や事業を変革し、顧客、株主、社内関係者といったステークホルダーや社会に対して新たな価値を生み出すビジネスを創出するにあたっては、マーケティングの視点が不可欠です。
2)マーケティング部門の役割拡大
マーケティング施策といえばかつては、新聞・テレビといったマスメディアや販促物などを介したもの、あるいは、営業担当者が顧客や消費者と相対して行うものなど、オフラインの領域が主流でした。
しかし、インターネットやスマートフォンが登場し、人々の生活や消費行動にWebサイトやSNSなどが密接に関わるようになると、マーケティング活動も必然的にオンラインの領域にも及び、その重要性が高まるようになりました。
また近年は、将来の予測が困難とされる「VUCAの時代」。新型コロナウイルス感染拡大などの影響もあり、既存のビジネスモデルの価値が突然失われてしまうことも珍しくありません。そうしたビジネス環境において企業が生き残るために、マーケティング部門の役割は年々拡大しています。
3)「広義のマーケティング」の重要性の認知拡大
マーケティングと一言でいっても、その中にはさまざまな要素があり、さまざまな区分の仕方があります。その一つとして、「狭義のマーケティング」と「広義のマーケティング」という分け方があります。
「狭義のマーケティング」は、いわゆるマーケティングコミュニケーション、広告宣伝の部分です。営業や商品開発とは別の組織で、広告制作やSNS運用、PRといったオペレーションを動かす部分がこれにあたります。狭義のマーケティングは、商品開発工程でいうと商品完成後の中流工程から下流工程に該当します。
そして「広義のマーケティング」は、変化を予測しながら市場構造を把握し、ブランディングを考えて市場価値を創造するといった視点に立って行う、戦略的な活動です。広義のマーケティングは、商品開発前の上流工程から下流工程まですべてに関与し、その動きをリードします。
日本でもCMO(最高マーケティング責任者)を置く企業が増えましたが、CMOは広義のマーケティングを管轄する責任者です。広義のマーケティングというのは、一つの商品、サービス、事業開発にとどまらない企業の経営マター。そのため、責任者も部門長ではなく役員クラスへの昇進も当然あり得ます。こうした施策やポジションの存在もまた、マーケティング人材を必要とする要素の一つです。
2.マーケティング人材の不足状況と背景
こうして各社でマーケティングの重要性が増しているなか、マーケティング人材の不足は深刻な課題です。その状況や背景を解説します。
1) 大半の企業が「人材不足」
デジタルマーケティング支援の株式会社シンクロが2020年に行った調査(※3)によれば、72.3%が「アフターコロナ時代の経営において、マーケティング部門の役割が拡大している」と回答しているにもかかわらず、51.4%が「現場のマーケティング人材が足りていない」と回答。
多くの企業がデジタルマーケティングを拡充したいと考えていながらも、人材不足で推進が難しい現状が浮き彫りになっています。その人材不足を生み出している要因として、次の3つが考えられます。
2)不足する理由①——社内でマーケティング人材を育成するのが難しい
同調査では、「マーケティング教育を担える人材が不足している」という回答が90%を占め、「研修が整備されているか」という質問についても大半の研修種別で70%以上が「整っていない」と回答。社内での人材育成が困難である様子を示すデータといえます。
マーケティング人材育成が難しい状態の根本には、企業側がそもそも「マーケティング」を正しく理解していないことが多い、という状況があります。マーケティング業務というと、多くの企業では前述の「狭義のマーケティング」に該当するようなオペレーションを想起しがちですし、その結果、マーケティング人材に必要なスキルとしてWebやSNSに関する知識を挙げることが少なくありません。
もちろん、そうした知識が必要とされるポジションもありますが、マーケティングに本質的に必要な力は、後述する戦略的思考とフレームワーク。それと、「マーケティングは経営マターである」という認識です。この、マーケティングの本質を企業が理解できていないと、必要とする人材の要件自体が明確にならず、人材の採用・育成は難しいでしょう。
3)不足する理由②——マーケティング人材の要件定義が難しい
人材の採用・育成に必要となるのは「どのような仕事を担当してもらうのか」「どのようなスキルをもった人材が必要か」といった要件の定義です。マーケティング人材の採用・育成においてその要件を定義するためには、前項で挙げたマーケティング自体の理解が不可欠。ですが、前項のようにこの段階でつまずいていると、「人材に求めるスキルが何か」という要件定義も難しくなります。
加えて、マーケティングの理解が不足していると、自社が行うべき施策が「広義のマーケティング」なのか「狭義のマーケティング」なのかという判断も正しく行うことができなくなります。この点もまた、必要とする人材の要件定義を困難にする一因です。
多くの企業が「マーケティング人材が不足している」と言ったとき、そこでイメージしているのはおそらく、「狭義のマーケティング」におけるオペレーション的な業務にあたる人材でしょう。実際、そうした業務を担当できる人材も確かに不足しています。
しかしながら深刻なのは、自社が「広義のマーケティング」を必要としていることに気付けない企業が多いこと、それを認識できたとしても「広義のマーケティング」を担当できる人材は極めて少ないということです。
4)不足する理由③——マーケティング人材とのマッチングが難しい
「広義のマーケティング」ができる人材は本当に少なく、国内企業のみならず外資系企業からも引っ張りだことなる存在です。そして、経営マターである「広義のマーケティング」を正しく理解しその施策を遂行できる人材ともなれば、そのスキルにふさわしい報酬やポジションでやりがいのある仕事を……と求めるものです。
企業と人材がお互いに求めるものがうまく合致すればいいのですが、マーケティングに対する理解が十分でない企業は特に、人材が企業に求める条件を「求めすぎ」ととらえてしまいまちです。そうこうしている間に、外資系企業に高額の年俸で採用されてしまうことも。
他方、「狭義のマーケティング」については、SEOの専門家、SNSの専門家のような人材を企業が求めるケースが多いですが、こうした分野の専門家は職人気質とでもいうようなところも散見され、企業に就職して“歯車”のようになるよりは、フリーランスとして自由に仕事をしたいと考える方も増えつつあります。
3.マーケティング人材に必要なスキルとは?
「マーケティング人材に必要な能力」といわれると、マーケティングトレンドへの理解、デジタルテクノロジーの知識などを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。もちろん、そうした知見があるに越したことはありません。しかし、根本的なところでマーケティング人材に求められるスキルは、次の3つであると考えます。
1)戦略的思考とフレームワーク
「戦略的思考」というのは端的に言うと、目的を達成するために何が必要か、必要とする要素の優先順位はどうつけるか、といったことを決めることです。お金も時間もふんだんにあって何でもできるというような企業はまずありませんので、限られた時間や予算や人材で目的を達成するために、何を優先して行うか、逆に何をしないか、といったことを決める必要があるわけです。
この戦略的思考と、マーケティングのフレームワークは、マーケティング人材には絶対に必要なスキルです。
2)マーケティングの基本理解
「狭義のマーケティング」の実務として、Webの活用やSNSの運用、SEOマーケティング、データ分析などを担当するマーケティング人材には、WebやSNS、SEO、ITシステム、データ分析などに関する知識や経験、能力があればいいかというと、決してそうではありません。
マーケティング施策においてWebやSNS、ITシステムを活用するのは、あくまでマーケティング施策の一環です。マーケティング施策として効果を最大化するためには、マーケティングの基本をきちんと理解したうえで、どういう文脈で各技術やシステムを活用すればいいかを考える必要があります。
3)戦略から外れないこと
前項とも重複しますが、マーケティング施策におけるWebやSNSの運用といった個々の業務は「戦術」で、その上位には目的をを達成するための「戦略」があります。目の前のWebの活用、SNSの運用といった「戦術」に懸命になると、「木を見て森を見ず」ではありませんが、「戦略」の領域外に足を踏み込んでしまうこともどうしてもあるものです。
しかしながら、あくまで「戦略」を実行するための「戦術」であるというは常に念頭に置き、「戦略」の領域から外れないという動き方は押さえておくべきポイントです。
4.マーケティング人材を育成するための重要ポイント
最後に、これまでに挙げたようなスキルを有し、会社に必要なマーケティングを実施できるマーケティング人材を採用・育成するために、押さえるべきポイントを解説します。
1) マーケティングを「経営ごと」としてとらえる
これは「広義のマーケティング」を任せる人材育成に必要な視点です。前述のとおり、「広義のマーケティング」は経営マター。経営のために戦略を立てる仕事です。ですから企業の経営者や役員も、そういう認識でマーケティング人材を採用・育成し、「経営のために戦略を立ててほしい」という姿勢で迎える意識が必要です。
社長がマーケティングの専門家である必要はありませんが、マーケティングを正しく理解し、マーケティングを担当する人材をバックアップするという姿勢は、マーケティング人材を採用・育成しその力を最大限に発揮してもらうためには不可欠といえます。
2)トレーニングをしっかり行う
マーケティングの本質と重要性をきちんと理解している外資系企業は、マーケティングのトレーニングを徹底的に行います。まずは戦略的思考のトレーニングを積んで土台を固め、それからマーケティングのフレームワークをしっかりたたき込む。これで初めて、マーケティングの現場に対応できる人材となる前提がそろうのです。
マーケティングのフレームワークだけを知っていても、それは「マーケティングの教科書を読んだことがある」状態に過ぎません。トレーニングなしに現場に送り込んでも、人材は思うようには育たないのです。
3)適切なポジションで経験を積ませる
「広義のマーケティング」は、簡単にいえばブランドマネージャーの仕事です。最近では日本企業でもブランドマネージャーを置くケースが増えてきていますが、本来のブランドマネージャーというのは単なる広告コミュニケーションを考えるだけの役職ではなく、そのブランドをいかに市場で成長させるかを、P/L(損益計算)まで含めて考えるポジションです。
ですから、「広義のマーケティング」を任せられる人材育成をしようとするならば、単にSNS、SEOといった業務を任せるだけでなく、経営マターとしてブランドの上流工程から下流工程まですべてに目を光らせる経験を積ませるといった意識が必要です。
5.まとめ
自身の能力をもって、マーケティングという仕事で生活を成り立たせようと考えるすぐれたマーケティング人材は、自分のスキルを生かせるポジションや条件で迎えてくれる企業で、やりがいのある仕事をしたいと考えるものです。
にもかかわらず、経営陣がマーケティングを正しく理解せず、マーケティング施策も単なるオペレーションの一部とでもいうかのように扱うようでは、人材は適切に育つことができず、マーケティング人材として貢献することも叶わないでしょう。
マーケティング人材が不足する状況において、すぐれたマーケティング人材を採用・育成しようと考えるのであれば、まずは企業自身がマーケティングのことを「経営マター」ととらえ重視すること、そしてそれを伝え、人材を迎える態勢が整った企業であることをアピールすることが欠かせません。
歴史ある日本企業では、「過去の成功体験」を重視する価値観が根強く残り、マーケティング施策の重要性、特に「広義のマーケティング」の重要性を理解してもらうことが難しいケースもあります。そうした場合は、小さい案件からマーケティングの成功実績を重ね、「マーケティングでこんなに伸びた」という体験を経営者にもしてもらうことが変革の足がかりになるかもしれません。
また、自社でマーケティング人材育成をしたいが社内にその体制がないという場合には、一時的に外部のプロフェッショナル人材に入ってもらい、マーケティングのマインドとノウハウを社内に植え付けてもらうという方法もあります。
とはいえ、外部の人間が新しい施策を行おうとしても、社内の抵抗は少なからず発生するでしょう。外部の知見を最大限に生かすなら、週1回マーケティングを教育してもらうといった入り方よりも、3カ月ぐらいフルで参加してもらって社員と一緒にマーケティング戦略・戦術を立ててもらうといった参加の仕方のほうが有効ではないかと思います。
数カ月単位で協働する間、社員にマーケティングのノウハウを植え付けてもらいながら、最終的にマーケティングの成功体験まで社員に一緒に得てもらうのです。その場合もまた、マーケティングの重要性を理解した経営者の支援があれば、社内の理解やマーケティングの浸透を促しやすくなるでしょう。
大森 研治
P&Gやユニバーサル・スタジオ・ジャパンなどの事業会社側におけるマーケティング、デジタルマーケティング領域で成果を上げ、現在はマーケティングコンサルタントとして独立。その領域だけに留まらず、会社全体の戦略統括、新規事業、営業と横断的にポジションもこなし、結果にコミットしてプロジェクトを推進している。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
出典
※1:デジタルマーケティング実施状況(TIS株式会社)
https://www.tis.jp/special/marketingit/survey_digitalmarketing/
※2:大企業のデジタルマーケティング取り組み実態調査(株式会社富士通総研)
https://www.fujitsu.com/jp/group/fri/resources/news/press-releases/2020/0116info.html
※3:マーケティング教育についてのアンケート結果まとめ(株式会社シンクロ)
https://thinqlo.co.jp/5138