【プロ監修】DXで使えるステークホルダー分析とは? おすすめの分析手法の種類や特徴もご紹介
近年、多くの国内企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)に対する関心が高まっており、部門横断的なプロジェクトを計画する企業も増加しています。しかし、既存業務を単にIT化するプロジェクトに比べ、その影響が組織やビジネスの幅広い範囲に及ぶDXのプロジェクトの遂行は、容易なことではありません。その大きな“壁”の一つが関係者間の利害関係の調整です。
例えば、既存業務のIT化を実現してコスト削減や業務効率化、生産性の向上を図るようなプロジェクトにおいては、経営者や組織のマネジメント層と全体最適を確認しながら、基本的には業務担当者とコミュニケーションをとって調整を進める事ができれば、プロジェクトを進めやすくする事ができます。
それに対して、企業のビジネスのあり方自体に大きく関わるDXのようなプロジェクトでは、利害関係を調整して合意を形成すべき関係者=ステークホルダーが多岐にわたり、そのコミュニケーションや調整のアプローチを通じてプロジェクト管理の難易度も格段に高くなります。
そこで取り入れたいのが「ステークホルダー分析」という手法。ステークホルダーを分析してその関心や期待成果を理解・把握したうえで、コミュニケーションや調整のアプローチを適宜変えていくことで、高い難易度のプロジェクトを成功に導きやすくなるというものです。
本記事では、ステークホルダー分析の概要、DXのプロジェクトにおいてステークホルダーの分析が必要とされる理由、多数の企業において実際のプロジェクト管理で行われている分析手法などについて解説します。
※本コラムは、DX案件を始め数々のプロジェクト案件を推進したコンサルタントが監修しています。
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1.ステークホルダーとは?
まずは分析の対象となる「ステークホルダー」について解説します。
「ステークホルダー」とは、企業や組織が活動をする際、直接的にまたは間接的に影響を受ける「利害関係者」を指します。その語源は英語で、「stake(掛け金・賞金)」+「holder(保有する人)」という意味の言葉がその由来。1963年にスタンフォード研究所で用いられたのが初出とされ、1984年に哲学者のR.E.フリーマンが著書『戦略的経営』で使用したのをきっかけに、ビジネスの領域を中心に広く浸透するようになりました。
1)直接的ステークホルダーと間接的ステークホルダーの違い
ステークホルダーを大別すると、「直接的ステークホルダー」と「間接的ステークホルダー」の2種類があります。
直接的ステークホルダーとは、活動を行う企業や組織に対する関与の仕方や影響の与え方が「直接的」である人や組織のこと。従業員、顧客、株主、債権者、取引先、金融機関などがこれにあたります。
対して、間接的ステークホルダーとは、その企業や活動の影響を直接受ける関係ではないものの、間接的に関与し影響を受ける人や組織を指します。従業員の家族、労働組合、行政などの公的機関、地域社会、ビジネスの競合他社などが該当します。
2)ステークホルダーにおける利害関係と影響度の注意点
企業・組織と、ステークホルダーに該当する人や組織は、直接的または間接的に相互に影響を受ける関係ですが、お互いの利害、メリット・デメリットが必ずしも一致するとは限りません。
例えば、会社がビジネスで売り上げを得た際、その利益を従業員や株主に分配することなく企業が独占すれば、企業にとっては利益となりますが、従業員にとってはそうではありません。会社側のメリットのために提供するサービスの内容を変えた場合、顧客にとってはその変更がデメリットとなることがあります。
企業活動で環境が汚染されるようなことがあれば、企業にメリットの生じる活動であったとしても地域社会にとっては損失になり得ます。同じ分野のビジネスでしのぎを削る競合他社との関係は、最もわかりやすい例でしょう。
「利害関係者」というと利害の一致する関係のように誤解されがちですが、「相互に影響を受ける関係」であればその「影響」が利益か損失かにかかわらずステークホルダーと判断される可能性があります。つまり、同じステークホルダーといっても、ある一つの活動から利益を得る存在もあれば、損失を受ける存在もあるという複雑な関係性を意味します。
2.ステークホルダー分析と実施のポイント
DXのような大きなプロジェクトともなれば、ステークホルダーとなり得る存在は多岐にわたり、プロジェクト管理においてその利害をふまえて調整するにあたっては困難を極めることが大半です。
そこで、プロジェクト管理に際し関係するステークホルダーを特定し、そのステークホルダーに関する情報を収集・分析し、プロジェクト推進のための働きかけに役立てるというのが「ステークホルダー分析」という手法です。
ステークホルダー分析は、さまざまな関係者が関わるプロジェクトを管理・実施するうえで有用なプロセスですが、ここではDXプロジェクトを例にとりながら、その目的や重要性について解説します。
1)ステークホルダー分析の目的
企業におけるDXプロジェクトのように、組織横断で事業変革を伴うような影響範囲の広いプロジェクトには、会社の内部だけ見てもステークホルダーが多岐に存在します。そして彼らはそれぞれが自身の利益を重視し、リスクや損失を懸念します。関心を寄せているポイントも、何を望み何を望まないかといったことも、ステークホルダー各々によって異なります。
既存の業務を担当している従業員は、DXプロジェクトの目指すところや個々のタスクの意味をよく理解できていないかもしれません。DXによって自分の仕事を奪われるのではないか、大きな変化についていけるのかと不安を覚えることもあるでしょう。
中間のマネジメント層は、上層部に対してもマネジメント対象となる部下に対しても配慮や調整が必要になり、その負担は小さくありません。DXが自分の担当する部門のタスクや事業目標にどう結びつくのか、最終的に自分の評価がどうなるのかと、考えることも多くなります。経営者や役員などのトップも“一枚岩”とは限りません。
さらに社外には、ビジネスの顧客、株主や投資家、資金を借り入れている金融機関などのステークホルダーも存在します。DXには大きな投資もつきものですし、ビジネスの方向性を変えるとなれば、そうしたステークホルダーに対する調整も発生します。
こうした多様なステークホルダーとの関係を保ちつつ、DXというプロジェクトを進めていくにあたっては、ステークホルダーそれぞれに自社の状況やプロジェクトの内容を理解してもらい、DXに関心を得た上で合意を形成するプロセスが不可欠です。その際、各ステークホルダーがどのような役割を持ち、何を望み、何を恐れ、何に関心があるかといったことを事前に把握していれば、調整や合意形成のためのコミュニケーションを円滑に進める事ができる様になります。
それが「ステークホルダー分析」の目的です。つまりステークホルダー分析は、企業と各ステークホルダーとの関係を管理する「ステークホルダー・マネジメント」の一環という意味合いをもつプロセスとなります。
2)DXプロジェクトにおけるステークホルダー分析の重要性
ボストン コンサルティング グループが2020年に実施した調査(※1)によれば、DXに成功している日本企業はわずか14%。同調査では、日本企業のDXは特定の部門がリードする割合が比較的高いことから、DX推進がサイロ化され、経営課題が解決できない、あるいは全社的なビジネス戦略との整合性が取れないといったリスクの高さが示唆・解説されています。
そして、日経リサーチが2021年に実施した調査における「IT・システム部門を中心にDXを進めている企業は全体の36%」(※2)という結果や、その結果をふまえて日経新聞で報じられた専門家の解説などからも、その実態がうかがえます。
一般的な傾向として、IT部門には、特にシステム構築や維持・管理に特化した情報システム部門には、デジタル技術に関する資料や知見がある一方で、会社の経営や事業部門の状況を詳細に把握しているとは限りません。
しかし、DXは単なるデジタル化、IT技術の導入にとどまらず、ビジネスを抜本的に変革するプロセスであり、事業部門や業務のあり方を再構築するような役割が求められます。そのためには、ビジネスの状況を分析・理解し、事業部門の業務担当者や経営・マネジメント層とコミュニケーションをとって、その関心事や期待に寄り添うような対応も必要となります。
■DXプロジェクトの“抵抗勢力”になっている従業員
DXによって自分の仕事を奪われるのではないかと不安に思っているかもしれません。その心情を把握できれば、不安を解消するように言葉を尽くして丁寧な説明を実行し、DXに前向きになってもらえるような対応をとることができます。
■DXと部門の評価をどう関連づければいいかわからないマネジメント層
経営としての全体最適をふまえた計画やDXの意味、そのなかでの部門の位置づけやマネジメントの役割などを解説すれば、マネジメントとしてのタスクが明確になり、プロジェクト推進に対して動きやすくなるかもしれません。
■経営者をはじめとする企業のトップマネジメント層
企業のトップは組織階層における高次な役割や立場があり、それまで歩んできたキャリアやそれに基づく考え方もあります。合意形成のコミュニケーションのためには、組織における役割を理解するのはもちろんのこと、人としても役職者としてもその方が何を得ることを望ましく思うのかを知る必要があるでしょう。
つまり、プロジェクト成功の鍵となるのが、ステークホルダーをリストアップして分析し、「相手を知ること」なのです。ステークホルダー分析を行うプロセスで、プロジェクト推進に不足しているものも見えてくるでしょう。
3.ステークホルダー分析でよく使われる分析手法
ここからは、ステークホルダー分析の具体的な手法について解説します。ステークホルダー分析にはさまざまな手法がありますが、今回は、DX推進などの組織横断型プロジェクトで使われることの多い手法を中心に取り上げます。
手法1:CVCA(Customer Value Chain Analysis)
「顧客価値連鎖分析」とも呼ばれる手法で、顧客や取引先といったステークホルダーを洗い出したうえで、自社を中心として「どのような相手(ステークホルダー)」と「どのような価値」をやりとりしているか、その価値の流れを整理して関係を可視化するという手法です。
この手法で明確になるのは「価値の連鎖」で、その分析によって自社の商品やサービス、ひいてはビジネスがステークホルダーに適切な価値を提供できているかを見極めることができるため、ビジネスモデルの設計の妥当性を判断するのにおすすめとされています。
手法2:ステークホルダーマップ
顧客に対して商品・サービスを提供するプロセスに関与するステークホルダーを全て洗い出し、その関係を図で示す手法です。マップ作成を通じて、商品・サービスの顧客や取引先、パートナー組織といったステークホルダーの役割を整理することができ、その相関関係や調整による影響度をよりクリアに把握することができるようになります。
フォーマットは自由ですが、
「ヒト/モノ/カネ/情報の4種類に分けて流れを色分けする」
「影響度を測る指標を取り入れ、その大小をはかりやすくする」
「関係の遠近を距離で表現する」
「グリッドの整理を主観で行わず、客観性を持たせる」
といった方法をとるのがおすすめです。これは後述の手法(3)(4)にも共通するところがあるポイントです。
手法3:PMBOKにおけるステークホルダーの分類モデル
「PMBOK(Project Management Body of Knowledge)」は、プロジェクトマネジメントの手法やノウハウなどをまとめた知識体系です。PMBOKはガイドブックの形でまとめられ、解説書なども多数出版されています。
そのPMBOKにおけるプロジェクトマネジメントのプロセスのひとつとして「ステークホルダーの特定」というものがあります。これは、プロジェクトに関与するステークホルダーを洗い出して特定し、その役割、利害、影響度といった状況を特定して、資料にまとめられたグリッドを使って分析します。
ここで使われるPMBOKに記述されたグリッド(分類モデル)としては、プロジェクトの成果に関する権力と関心の度合いに基づいて分類する「権力と関心度のグリッド」、プロジェクトに関する権力と関与の度合いに基づいて分類する「権力と関与度のグリッド」、プロジェクトヘの積極的な参加(関与)の度合いとプロジェクトの計画などへの影響の度合いに基づいて分類する「関与度と影響度のグリッド」、権力・緊急性・正当性に基づいて分類する「セイリエンス・モデル」
の4つがあります。
手法4:パワーチャート
プロジェクトに関与するステークホルダーを全て洗い出し、①次回提案者(目的・内容・ゴール)/②(プロジェクト進行の敵になり得る)要注意キーマン/③(プロジェクト進行の味方になり得る)チャンピオン/④実施担当者/⑤購入意志決定者/⑥費用負担者、の6つに分類します。それを企業の組織図に書き込むという手法です。
プロジェクトマネジメントにおいて、このプロセスはプロジェクトの開始段階で実施し、その後も一定のタイミングで繰り返します。そうして適宜情報をアップデートしながら管理し、最新の情報をもとにプロジェクトのステークホルダーに対する働きかけ方を計画していくのです。これは手法(3)も同様です。
このマッピングを行うことで、企業内におけるステークホルダーの立場や役割が視覚的にも明確になり、現状における“味方”“敵”もクリアになります。組織図に書き込むことによって社内を俯瞰することができ、調整のルートや順番、優先順位も考えやすくなります。加えて、プロジェクトの記録というエビデンスとしても活用することができるメリットがあります。
分析時に押さえておきたいポイント
上記で解説したようなステークホルダー分析の手法には、優劣があるわけではありません。それぞれの分析手法の意味・意義を理解し、それぞれの企業の状況に応じて必要とする分析結果を得られる手法を選択することが重要です。
分析の精度を高めるためのポイントとしては、
①ステークホルダーに対するインタビューをおろそかにしない
②各ステークホルダーの期待値を正しく把握して定量的に管理する
③各ステークホルダーに応じた働きかけ方を考える
④専門家や第三者の意見も取り入れて分析の客観性を担保する
といった点を押さえておきましょう。ステークホルダー個々のSWOT分析などを行う事で、調整実施の効果を検証する事も大事なポイントです。
また、手法(3)(4)にも記載しましたが、ステークホルダーの特定・分析は定期的に繰り返して最新の状況を把握する必要があります。プロジェクトに関与するステークホルダーは変わっていきますし、企業であれば人事異動の影響も受けます。同じ人であっても、プロジェクトに対する姿勢が“味方”になる時期もあれば“敵”になる時期もあるなど、その関係性やエンゲージメントの度合いにも変化が生じるからです。プロジェクトマネジメントにおいては、ステークホルダー分析を通じて状況を常に俯瞰しながら、調整の計画をアップデートしていくというプロセスが不可欠なのです。
なお、前述のPMBOKでは、ステークホルダーとコミュニケーションをとってその期待や関心を把握してエンゲージメントを高め、プロジェクトに対する関与を促す「ステークホルダー・エンゲージメント・マネジメント」や、プロジェクトの進行に伴いステークホルダーとの関係をふまえて計画を調整しエンゲージメントを高める「ステークホルダー・エンゲージメント・コントロール」などのステップも記述されています。
まとめ
ステークホルダーを分解していくと、最終的には「人」の存在に突き当たります。企業はコスト削減や業務の効率化、生産性や利益の向上といった全体最適を目指し、そこに関与するステークホルダーはそれぞれの社会的立場や役割が重要な行動原理となります。しかし同時に、ステークホルダーが人間である以上、感情で動く面も否定できません。
本記事で解説したようなステークホルダー分析を実施することで、ステークホルダーとの調整の計画を進める道筋は格段に立てやすくなります。とはいえ、人間相手の対応である以上、分析・計画してもそのとおりに進むとは限りませんし、状況は刻々と変わります。
DXのように、多様なステークホルダーが複雑に絡み合うプロジェクトを進めるためには、ステークホルダーとの関係性を俯瞰してとらえる視点が必要です。同時に、ステークホルダー1人ひとりにていねいに向き合う視点と、人の対応の背景にある感情や関心にていねいに寄り添い言葉を尽くしてコミュニケーションをとり、エンゲージメントを高めていくという姿勢も欠かせません。ステークホルダー分析は、それを実現するプロジェクトマネジメントの有用な手法といえます。
監修者プロフィール
K.W
大手情報通信メーカー、SIer、コンサルティングファーム、事業会社等で幅広いDX経験を有するコンサルタント。デジタル&ITグランドデザイン策定、DX、業務改善(BPR)、データ戦略立案・データモデリング、デジタルビジネス開発、システム導入実行支援を得意としている。DX案件では、戦略・企画・構想から要件・仕様を定義しシステム化につなぐ役割やPMOなど上流部分に加え、現場における運用定着まで幅広く関わる事で、効果の持続性を担保すべく活動を進めている。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
出典
※1:デジタルトランスフォーメーション(DX)に成功している日本企業は14%(BCG)
https://www.bcg.com/ja-jp/press/28october2020/14-percent-japanese-companies-succeeded-digital-transformation-comprehensive-strategy
※2: DXに失敗する3つの「ワナ」(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ169GK0W1A210C2000000/?unlock=1