DX推進を阻害する“障壁”に企業はどう立ち向かうべきか——イーデザイン損保CMOと考える「生き残る企業の共通点」

変化の激しい時代を企業が生き抜くためには、その変革が必須となります。そこで多くの企業では、DXの推進や新規事業の立ち上げに挑んでいますが、残念ながらその試みが難航してしまうケースも少なくありません。特に大企業では、その規模ならではの障壁も生じがちな現実があります。

本記事では前記事に引き続き、イーデザイン損害保険でCMOを務めておられる友澤大輔さんとみらいワークス社長岡本祥治の対談を通じて、大企業におけるDX推進の難しさ、企業の障壁への立ち向かい方、DX推進を成功へ導くための人材活用のポイントなどについて、お話をうかがいました。

▼対談者①
友澤 大輔
ともざわ だいすけ)
東京海上ホールディングス株式会社 デジタル戦略部 シニアデジタルエキスパート 兼 イーデザイン損害保険株式会社 CMO

1994年に株式会社ベネッセコーポレーション入社。その後、ニフティ株式会社、株式会社リクルート、楽天株式会社(現・楽天グループ株式会社)などを経て、2012年にヤフー株式会社入社。マーケティングイノベーション室を新設。201810月にパーソルホールディングス株式会社へ転じ、グループ全体のデジタル変革を推進するため、中期事業計画策定から各社協働プロジェクトなどを推進。20214月より現職。

▼対談者②
岡本 祥治
おかもと ながはる)
株式会社みらいワークス 代表取締役社長

2000年に慶應義塾大学理工学部を卒業後、アクセンチュア株式会社に入社。ITコンサルタントとして、基幹システム導入や、ITアーキテクチャー構築などのプロジェクトに参画。戦略グループ転籍後は、事業戦略策定や新規事業立ち上げなどを推進。ベンチャー企業へ転職。2007年に独立し、個人コンサルタントとして活動を開始。その後独立プロフェッショナルの需要に着目し、コンサルタント派遣事業を立ち上げる。201203月にみらいワークスを創業。プロフェッショナル派遣事業は急成長し、201712月に東証マザーズへ上場。

役職は、対談当時(20223月)のものです。

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1.東京海上グループがDX推進に取り組む理由とは

東京海上グループがDX推進に取り組む理由とは

岡本:現在友澤さんが、東京海上ホールディングス(以下、東京海上HD)のデジタル戦略部のシニアデジタルエキスパート兼イーデザイン損害保険(以下、イーデザイン損保)CMOとして担っておられるミッションについて、詳しくうかがえますか?

友澤さん(以下、敬称略):東京海上HD20211118日付で、事業会社であるイーデザイン損保を「グループのデジタルRD拠点」として位置づけること、イーデザイン損保を「インシュアテック保険会社」へ変革させてグループ全体のDXをさらに推進していくことを発表しました。

これに沿っていえば、イーデザイン損保のCMOとしては事業会社におけるDXを推進し、保険とテクノロジーを融合した「インシュアテック保険会社」への変革を実現することがミッションです。そこで起こした変革はいずれ構造化してグループ全体に昇華させ、グループ全体としてDXを推進したいという狙いがあります。その観点が、東京海上HDのシニアデジタルエキスパートとしてのミッションです。

東京海上HDはこれまでもグループとしてDX推進に取り組んでまいりましたが、グループ全体を変革するのは非常に困難です。グループ全体のDX推進といち事業会社のDX推進は、ゾウが一歩踏み出すこととミニカーが前に進むことくらいの違いがあり、実現までの距離も苦労もまったく異なります。

そこでまずは、小回りの利く事業会社としてイーデザイン損保がデジタルRD機能を担い、さまざまな試行錯誤を繰り返して成功も失敗もたくさん経験し、その成果をグループ全体に昇華させる。そこまでを視野に入れたRDが私の役割です。

岡本:東京海上HDがグループ全体として変革を必要とする理由、その背景は?

友澤:端的にいえば、変化への適応です。そもそも保険というものは、挑戦する人をサポートするためにリスクを担保するサービスです。社会の状況が変わりテクノロジーが進歩すれば、担保すべきリスクもその担保方法も変わります。我々はこれまでさまざまな保険サービスを提供し、保険産業をつくってまいりました。

しかし、産業が生まれれば制約も生じるものです。代理店が販売する形態で業績を伸ばしてきた分、それ以外の販売形態を採用することにはさまざまな障壁が生じます。とはいえ、現在の市場環境やテクノロジーの発達のなかで、そうした制約にとらわれていては変化に適応しきれず、企業としての競争力を失ってしまいます。

だからといって、資料をつくり議論を重ねて「変えるべきこと」と「変えないこと」をじっくり検討するような時間の猶予もありません。それならば、イーデザイン損保といういち組織のなかでのみ一定の制約を排除して、一気に変えるトライアルを行ってしまおう、というのが今回の趣旨です。

岡本:非常に革新的な取り組みだと思います。社内では反対もあったのではないでしょうか。

友澤:何かを変えようとするときには、コンフリクト(意見・感情・利害の衝突)やハレーション(周囲への悪影響)が必ず起こります。でもそれは変化して成長する過程の成長痛。克服すべきものであり、コミュニケーションでフォローすることが可能です。

インシュアテック保険会社への変革の第1弾として掲げている施策の一つに、「マネジメントトランスフォーメーションの導入」があります。具体的には、多様な企業との協業、データドリブンの経営加速、副業人材の活用、フラットでオープンな意思決定を促す仕組みの採用などです。こうした、従来と異なるマネジメントに変えていくというのはやはり大変です。それでも実行できているのは、社長が戦略的に意思決定をして変革の実行を後押ししてくれているところが大きいです。

金融系企業の例に漏れず、当社もとても堅いです。そこで「堅いな」と変化の手を緩めるのではなく、「堅いところもありますが、こちらで勝手にやっていいですか」ともっていけるかは、変革実現の肝になります。そしてイーデザイン損保は後者の動きを許容してくれる。それはそういうトップのもとだからこそ、うまく進んでいるという部分は大いにあると思います。

2.リスクを受容し成長痛を受け入れなければDXは進まない

リスクを受容し“成長痛”を受け入れなければDXは進まない

岡本:私もさまざまなお客様とお話をするなかで、大企業がDXを推進するのは容易なことではないと感じます。変化を恐れる企業も少なからずありますし、トップが変革を促そうとしても既存事業やプロパー社員とコンフリクトが起こることもあります。

友澤:DXが進まない企業でよく聞かれる反応の一つが「ハレーションが起こるからいやだ」というものです。この言葉を口にする企業は、変革を進める気がないのだなと感じます。大企業病といってもいいでしょう。そういう企業では、DXっぽいことを行っていても本質的な変革は実現できず、結局前には進みません。「コンフリクトやハレーションを恐れて行動しないというのは絶対にやめたほうがいい」というのは、私も東京海上HDでよく話していることです。

岡本:既存事業との利害衝突も、DX推進や新規事業の障壁になりますね。既存のビジネス資源を生かしてDX推進や新規事業立ち上げを行おうとすると、既存事業と領域がどうしても近くなり、既存事業の何かに抵触してしまう。すると、既存事業の部門から横やりが入ってしまうこともありますし、そうでなくても新しいことを始めようとする動きにはやっかみもつきものです。

そういう状況を突破してDXを推進するためには、御社のように法人を分けるのは非常に有効だと思います。さらにいえば、場所も分けること。既存事業部門からの横やりを避けて変革を進められる環境を整えることが大切です。

それと、既存事業を守ろうとするあまり、DX推進部門にすぐれた人材を配置できない場合も、やはりDX推進は難しくなりますね。外部から専門家や知識・経験を有する人材を連れてくるとしても、社内の事情や既存ビジネスをよく理解している社内人材の存在がなければ、事業の本質的な変革は実現できないでしょう。これからの会社経営を支えるDX推進部門に社内のエースクラスの人材を配置できるかどうかは、本質的な変革の実現を左右すると思います。

友澤:私も、自分が所属する組織でDX推進や新規事業がうまくいったパターンと、だめだったパターンの両方を経験していますが、本当におっしゃるとおりだと思います。トップとしても既存事業を守りたい気持ちはあるでしょうが、それでも中長期的にはDXを推進する必要があると決意し、その変革に舵を切れるのはトップだけ。それをやりきるのがトップの仕事だと思います。

岡本:いろいろな企業をみていると、DX推進の取り組みがうまくいっている会社は、やはりトップが適切な差配をしています。人材配置に関する意思決定はもちろん、コンフリクトやハレーションが起こりそうなときにはきちんとケアをして問題の芽を事前に摘み取る、といった具合です。

ただ、そうしたトップのもとでDX推進の取り組みが進んでも、トップが変わった瞬間にはしごを外されてしまうケースも残念ながらあります。そうならないよう、DXの推進というのはお一人のトップがある程度やりきって、それから交代するといった進め方が理想ではないかと思います。

友澤:先ほどお話ししたイーデザイン損保の副業人材活用も、社内ではデメリットやリスクを挙げる声が小さくありませんでした。けれど、仮に副業人材の活用で失うものがあったとしても、すぐれた人材の能力を活用できるメリットと天秤にかければ、圧倒的にメリットが大きいのです。

何かをしようとしたときにまずそのリスクを挙げる方というのは、コンフリクトやハレーションを避ける方と同様、物事を進めたくない方が多いと思います。リスクゼロを求めていたら何もできませんから。大きいメリットのためにリスクも受容する、コンフリクトやハレーションを避けるのではなく変革の過程の成長痛を戦略的に受け入れる、というのは、組織戦略や人事戦略において大事だと思います。

日本では雇用している正社員を切るのは非常に難しいですが、フリーランスの人材活用は業務委託契約の内容次第で柔軟に対応できます。そしてプロ人材には圧倒的な能力がある。ふつうに考えれば、そのメリットを活用しない手はないはずです。DXの推進というとテクノロジーの話になりがちですが、本来その中核に置かれるべき論点はそうした人材活用、マネジメントの変革だと私は考えています。

3.多様な人材の活用が、DX推進を成功へ導く

多様な人材の活用が、DX推進を成功へ導く

岡本:御社イーデザイン損保における変革実現のためのプロジェクトでは、みらいワークスを通じてフリーランスのプロ人材をご活用いただいております。

友澤:マーケティング部門では社外の代理店さんに入っていただきながら社内担当者がオペレーションをしているのですが、その間に入ってパフォーマンスを発揮していただくというところ、それと、多数手がけている新規事業プロジェクトのPMOProject Management Office:プロジェクトマネジメント支援)、この2つに入っていただいています。

当社としては、そこでお互いのマッチングを確かめられたら、できれば社員になっていただきたいという考えもあります。社員の中途採用ではどうしてもミスマッチが起こりやすいですが、実際に仕事をしていただいてお互いの感触を確認できればその不安も解消されます。この考えはみらいワークスさんにもお伝えしており、それを前提としてプロ人材の人選もしていただきました。

岡本:今回プロ人材が入っているところは、社員の方では対応が難しいところでしたか?

友澤:DX推進におけるプロジェクトマネジメントは、特有の難しさがあります。例えばシステム開発のプロジェクトであれば、スケジュールを引いてそこまでに納品物をつくるというように、手順がある程度確立されています。成果物には明確な要件があり、スケジュールも基本的には動かせないものです。

他方、DXのプロジェクトは、ビジネスを立ち上げる、組織や事業に変革を起こすといったことが目的であり、スケジュールや成果物に「こうでなくてはいけない」という決まったかたちがありません。スケジュールにしろビジネスプランにしろ、むしろプロジェクトを通じて調整し検討しながら最適なかたちを目指すことが求められます。

そこに入るPMOは調整を担うことになりますから、当然コミュニケーション力が必要です。さりとて社内の人間関係や既存のステークホルダーに忖度してしまうと、DXの本質は実現できなくなる。柔軟性があるがゆえに非常に難しいのがDXのプロジェクトであり、そのマネジメントを担うPMOもまた非常に難しい仕事です。

岡本:PMOのミッションを社員の方が担当されたケースはありますか?

友澤:このミッションを社員が担うか外部人材に託すかというのは内部でも議論があり、社内人材に任せたケースもあります。その結果、先ほど申し上げたように忖度が走り物事が進展しなくなるという状況がみられたわけです。かといって社内人材の配置を否定するものではなく、まだ試行錯誤の段階ですが、外部人材の活用にメリットがあるのは確かです。

今回プロ人材に入っていただいて本当によかったと感じたのが、忖度がないことです。プロジェクトにある課題があり、社内メンバーも薄々気づいてはいたのですが、社内の事情的にそれを言っていいのかどうかわからず、誰も切り出せないというような状況がありました。それをプロ人材の方がミーティングでシャープに指摘してくださったのです。おかげで課題が周知のものとなり、見過ごされることなく解決できました。

岡本:PMOの仕事をコンサルティング会社に依頼するケースも多いですが、フリーランスのプロ人材を選択された理由は?

友澤:費用面が大きいですが、コンサルティング会社には本音を言いづらいというのも理由の一つです。これは私の考えで人によると思いますが。

コンサルティング会社はスタンダードを高いレベルに上げていこうというスタンスですが、その内容は現実的に実行に移すことが難しいものもあります。実際に社内を動かすためには、社内の現状やリソースを理解したうえでフィジビリティ(実現可能性)の高い内容にするのがポイントですので、その点はコンサルティング会社とはミスマッチかなと思っているのです。

先に岡本さんが、プロ人材活用の価値として「伴走できること」を挙げておられましたが、まさにそういうことです。まずは物事をきちんと進めていきたい、そのために第三者の目を入れてしっかりドライブしてほしい、という狙いでいえば、プロ人材のほうが適していると思います。

岡本:DXのようにアジャイル的に進めざるを得ない領域になればなるほど、プロ人材の活用が企業に貢献できるところが大きくなるといえるでしょうか。

友澤:そう思います。ただ、仕事を託す人材を外部から連れてくるといっても、どういう方にお願いすればいいか、その仕事を託せる方なのかどう見極めればいいか、というのは、発注側としても難しさを感じる部分です。仕事を請けていただく方の側にも同じような難しさがあるのではないでしょうか。私の場合は目線合わせをする時間を確保して、ミスマッチが生じないようにしています。

DXを進めるためには、組織と技術のかけあわせが非常に大事です。これからの組織戦略、人事戦略においては、正社員だけではなくさまざまなプロの人材を生かすこと、フリーランスの人材をはじめとする社外の異なる文化、社内の制約を受けない異質な方たちを飲み込みながら組織の多様性を増していくことが、そのコアになると考えます。その過程ではコンフリクトやハレーションも起こると思いますが、経営者の方々が勇気をもって成長痛を受け入れ、変革を前に進めていってほしいと思います。