DX推進指標とは? DXの課題解決に繋がる指標の活用ポイントを解説
昨今の市場変化は激しさを極めており、日本企業においても新たなビジネスモデルの創出などを通じて競争力を強化することが不可欠。そのために急務とされているのが「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の推進です。
しかし実態はといえば、「既存システムの刷新」や「AIやIoTの導入」「データ分析の活用」といった言葉が多く聞かれる反面、DXの推進自体は多くの企業で難航している状況です。経済産業省が2020年12月に発表した「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート2 中間とりまとめ」(※1)でも、データ収集企業の95%は「DXにまったく取り組んでいない」か「DXに取り組みはじめた段階」であったとされています。
そこで今回は、経済産業省が2019年に発表した「DX推進指標」を解説。DX推進指標の目的や内容、企業のDX推進において本指標をどのように活用してDX推進を進めればいいかといったポイントをご紹介します。
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1.DX推進指標とは
「DX推進指標(デジタル経営改革のための評価指標)」とは、経済産業省が2019年7月に発表したものです。企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しやすくなるようにするためのツールとして、ガイダンスとともにとりまとめられました。
DX推進指標の意義や内容を理解するためには、経済産業省がDX推進指標を提示するに至った背景を知っておく必要があるでしょう。ここでは、その経緯とDX推進指標の目的・特徴について解説します。
1)DX推進指標が提示された理由と背景
経済産業省がDX推進指標を提示するに至った背景を一言でまとめると、「日本企業のDX推進がなかなか進まないから」となるでしょう。
2018年9月、経済産業省は「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」を発表。このレポートにおいて経済産業省は、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムがユーザー企業で残り続ければ、以下のような問題が生じる可能性があると分析しています。
①仕様などの問題で企業がデータを活用することが難しく、デジタル技術を利用して先端的な製品・サービスを提供する企業が増加するなか、市場競争力を失う
②ブラックボックス化した既存のITシステムが技術的負債と化し、既存業務を維持・継承することが難しくなる
③既存のITシステムのメンテナンスが難しくなることから、セキュリティ関連の事故や災害によるシステムトラブルを招き、データ滅失・流出などを引き起こすリスクが高まる
その結果、新製品・サービスの開発やビジネスモデルの変革、市場の変化への対応の足かせとなり、2025年以降の日本に年間最大12兆円にものぼる経済損失をもたらす可能性がある——。これが「2025年の崖」問題。そうならないよう、企業においては既存システムを必要に応じて刷新しつつ、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進を実現して競争力を維持・向上させる必要があると、経済産業省は提唱したのです。
そして、このレポートに対するさまざまな指摘を踏まえ、企業がDX推進のアクションを起こしやすくなるようにと取りまとめられたのが、2019年7月に発表された「『DX推進指標(デジタル経営改革のための評価指標)』とそのガイダンス」というわけです。
2)DX推進指標の目的
DXを推進するためには、企業の経営者はもちろん、事業部門やIT部門が現状と課題を把握・共有したうえで、組織やビジネスモデルをどのように変革していくのか、そのために組織や経営の仕組みをどのように変えていくのか、といったことを検討して対応を講じていくことになります。
とはいえ、経営のあり方やITシステムの状態について現状を評価・認識するといっても、数値の多寡を評価するのとは異なりなかなか一筋縄ではいかないものです。企業内には経営幹部やIT部門、製品・サービスを手がける事業部門、総務・人事・経理などの間接部門といった幅広い部署があり、同じ製品・サービスを手がける部門でも、企画、営業、製造、マーケティングなど役割も多岐にわたり、複雑な利害関係もあります。そうした事情から最初のステップでつまずいてしまうのも、日本企業でDX推進が進まない原因の一つとされています。
そこで、企業の経営者、幹部、事業部門、IT部門およびDX推進担当部門(担当者)が「自社組織・ビジネスの現状や課題の把握・理解・共有」をスムーズに実現し、そのうえでDX推進に必要な対策を実行できるようにと策定されたのがDX推進指標です。
経済産業省は、「経営者や社内の関係者がDXの推進に向けた現状や課題に対する認識を共有し、アクションにつなげるための気付きの機会を提供するもの」と説明。各企業に活用を促しています。
3)DX推進指標の利用方法と特徴
DX推進指標は、多くの日本企業が直面している「DX推進に関する課題」や「課題を解決するためのポイント」が指標項目として設定されており、それをもとに企業が自己診断することを基本としています。そして、企業の経営幹部や事業部門、IT部門やDX担当者(部門)が議論しながら認識を共有し、DX推進の方向性についての議論を活性化する、といった利用方法が想定しています。
指標にそって自己診断するのは、あくまで自社があるべき姿を議論して実際のアクションにつなげるための「気づき」。したがって、評価自体で取り組みを終わらせず、経営層から事業部門に至る関係者全員での議論や、DX推進の具体的なアクションにつなげることが重要です。
DX推進指標は「DX推進のための経営のあり方、仕組みに関する指標」と「DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築に関する指標」の2つで構成され、それぞれに定性指標と定量指標が設定されています。
定性指標には、経営者自らが回答することが望ましいとされる「キークエスチョン」と、経営者が社内関係者(経営幹部や事業部門、IT部門やDX推進部門など)と議論しながら回答するものとされる「サブクエスチョン」があります。
キークエスチョンは全部で9つ。〈DX推進の枠組み〉として「ビジョン」「経営トップのコミットメント」「仕組み」「マインドセット、企業文化」「推進・サポート体制」「人材育成・確保」「事業への落とし込み」の7つと、〈ITシステム構築の枠組み〉として「ビジョンの実現の基盤としてのITシステム構築」「ガバナンス・体制」の2つからなります。
これらについて経営者自らが回答するべきとされているのは、DXの推進をIT部門や事業部門に丸投げしないように、との狙いがあります。経営者自身が自己診断を通じて自社の現状と課題を認識し、プロジェクトを主導することで、DX推進を実現する推進力となることが求められているのです。
2.DX推進指標の定性指標における成熟度の考え方
DX推進指標における定性指標は、クエスチョンに対する回答をもとに「DX推進の成熟度」を6段階で評価することになります。この成熟度評価を通じて、自社がいまどのレベルにあり、次にどのレベルを目指すべきかということを認識し、次のレベルへ向けた具体的なアクションへとつなげる、というのが期待されている使い方です。
ここからは、成熟度6段階について、それぞれの特性や基本的な考え方を解説します。ただし、これはあくまで「基本」であって、詳細は指標項目ごとにレベル分けの考え方がある点には留意が必要です。
1)レベル0:未着手
経営者はDX推進に無関心である、関心があっても具体的な取り組みに至っていない状態です。
2)レベル1:一部での散発的実施
DX推進の全社戦略が明確になっていない状態で、部門単位でのDX推進の試行・実施に留まっている状態です。
3)レベル2:一部での戦略的実施
DX推進の全社戦略が明確になっており、その戦略に基づいて一部部門でDX推進が実施されている状態です。
4)レベル3:全社戦略に基づく部分横断的推進
DX推進の全社戦略が明確になっており、その戦略に基づいて部門横断的にDX推進が実践されている状態です。
5)レベル4:全社戦略に基づく持続的実施
明確なビジョンをもとにDXが推進され、その取り組みを評価する仕組みも備わるなど、持続的なDX推進が行われている状態です。
6)レベル5:グローバル市場におけるデジタル企業
デジタル企業として、グローバル競争を勝ち抜くことのできるレベルでDXが推進されている状態です。
3.DX推進の成功につながるDX推進指標の効果的な活用ポイント
DX推進指標をとりまとめた「『DX推進指標』とそのガイダンス」では、DX推進指標の使い方についても言及されています。ここでは、DX推進指標を効果的に活用しながらDX推進を成功につなげるためのポイントについて解説します。
1)経営トップが明確なビジョンを持つ
DXの本質とは、デジタル技術や先端サービス、データ分析を活用して、製品・サービス、ビジネスモデル、組織などを変革し、新たな価値を創出して競争力を強化すること。しかし、既存システムの刷新や先端的なデジタル技術・サービス、あるいはデータ分析の導入が目的化してしまうことが少なくないのが実際の状況です。経営者が「AIを使って何かしたい」「IoTを使ったサービスを何かやろう」といった抽象的な発想でIT部門に丸投げするようなケースもよく聞かれます。
その原因を探っていくと、企業として、特に経営者が、DX推進を通じてどのような変革を実現し、どのような価値を創出するかといった目的、ビジョンを明確にもつことができていない状況が散見されます。その背景には、経営者が自社の現状や抱えている課題を把握できていないという問題があるようです。
本質的な意味でDXを実現するには、経営者自身が自社の現状や課題を適切に把握し、DXで何を実現するかというビジョンを明確にもつことが何より必要です。DX推進指標を使った自己評価は、現状認識や気づきの機会を得るためのツールとして活用できます。
2)経営者主導で認識共有や啓発を進める
企業全体でDX推進を実現するためには、IT部門だけでなく、経営幹部や事業部門、間接部門やDX推進部門といった幅広い社内関係者の協力が不可欠です。プロジェクトを推進するための組織の整備や適切な人材の育成・確保はもちろん、予算の配分や権限の委譲なども重要なポイント。
そうした取り組みを単発ではなく持続的に進めるためには、経営トップのコミットメントが必須。それもただ経営者が号令をかければいいというものではなく、経営者自らがDX推進を主導して社内関係者の理解をとりつけ、アクションを動かしていく意識が必要です。
経営者をはじめ、経営幹部や事業部門、IT部門やDX推進担当部門まで社内関係者が自社の現状や課題を共有し、とるべきアクションについて議論することを促すDX推進指標は、関係者のベクトル合わせや啓発にうってつけといえます。
ただし、評価をIT部門に一任してその評価を関係者で回覧、経営陣がレビューするといった使い方では、実効性がありません。あくまで経営者自身の評価を起点に、社内で共有・議論を進めるのが基本です。あるいは、社内関係者がDX推進指標を使って個々に自己診断を行い、その結果を持ち寄って議論することで、現状や課題に対する認識の違いやギャップをあぶり出すという使い方も可能です。
3)DX推進指標を進捗管理に活用する
DX推進指標を使って具体的なアクションにつなげることができたとしても、その取り組みが単発で終わってしまっては意味がありません。DX推進のためには、アクションしてその結果を評価し、改善しながら繰り返すといったように、PDCAを回して取り組みを持続させることが求められるからです。
そのPDCAにおける評価の基準として、DX推進指標を活用することができます。例えば年度ごとにDX推進指標を使って自己診断を行い、アクションの達成度合いを評価することによって、自社におけるDX推進の「進捗」がわかるというわけです。
この際、評価サイクルは必ずしも年次である必要はありません。評価すべきアクションや指標の内容によっては、より短期のサイクルで確認したほうがいいこともあるでしょう。自社の状況に応じて、適切なマネジメントサイクルを組み込むことが肝心です。
4)外部リソースを活用する
DX推進においては、幅広い社内関係者とコミュニケーションをとりプロジェクトを円滑に進めていく人材、AIやIoTなどのデジタル技術の導入やビッグデータの分析に詳しい専門家などの人材が必要となります。こうした人材は「DX人材」と呼ばれます。
DX人材を自社で育成するなどしてまかなうことができればいいのですが、スピーディーな実行が求められるDX推進では即戦力が求められる場面は少なくありません。DX人材を採用しようと考えても、IT人材自体が不足している昨今、すぐれた人材の採用は容易なことではありません。
そうした場合は、高度なデジタル技術に関する知見を有するベンダーや、デジタル技術やDX推進に詳しいコンサルタントに業務委託するなど、外部とのパートナーシップで補うのもひとつの方法です。DXを実現するためのサービスやプラットフォームを導入するという方法も。
DX推進指標を使った自己診断や評価後の議論、アクションへのつなげ方でつまずいているケース、DX推進で実現したい変革ビジョンが明確に定まらないケースなどでも、コンサルタントの力を借りてステップを踏むことで解決に近づけることもあります。
外部リソースの導入・活用でDXを推進する場合も、社内にDXのノウハウを蓄積することや、社内でDX人材を育成することに留意しながら進めておくと、企業の継続的なDX推進にとってより効果的になるでしょう。
4.まとめ
「DX推進」というと、どうしても「既存システムの刷新/新システムの構築」「AIやIoTといったデジタル技術の導入」に目が向きがちですが、こうしたことはDX推進の手段にすぎません。DX推進において重要なのは、自社組織、製品、サービス、ビジネスモデルの何を変革し、どのような価値を創出するかといったビジョンです。
そのビジョンを明確にするための第一歩は、経営者自身が自社の置かれている状況と抱えている課題をきちんと理解すること。そしてその認識を社内関係者と広く共有し、今後のアクションをともに考えていくといったように、着実にステップを踏んでいくことで、DX推進は実現可能となります。
多くの日本企業がDX推進に対して抱えている課題を反映してとりまとめられた「DX推進指標」は、「ビジネスモデルそのものを評価するものではなく、企業の変化への対応力を可視化するもの」であり、気づきの機会を提供するためのツールとされています。適切に活用することで、企業がDX推進の第一歩を踏み出すための心強い助けとなるでしょう。
(株式会社みらいワークス Freeconsultant.jp編集部)
出典
※1:DXレポート2中間取りまとめ(経済産業省)https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-3.pdf