追求すべきは“LIFESTYLE” 大学教授×コンサルタント×フリーライターの肩書を併せ持つ異色のプロフェッショナルの“生き方”と“働き方”
「私のキャリアは変わっている」。そう笑う彼女のキャリアの背景には、並々ならぬ向学心と行動力の結晶とも言えるストーリーが隠されていました。
みらいワークスがお届けする「プロフェッショナリズム」、今回のインタビューはVicki L. Beyer(ヴィッキー・バイヤー)さん。
日本でモルガンスタンレーやアクセンチュアの社内弁護士を務め、現在は一橋大学大学院で法律学の教授として教鞭をとっていらっしゃる傍ら、フリーコンサルタントやフリーライターとしても活動されています。アメリカで生まれ育ったVickiさんが日本に来るきっかけは何だったのか、その後長きにわたり滞在することになった背景にはどのような経緯があったのか。読めば必ず勇気がわいてくるVickiさんの波乱万丈なストーリー、必読です。
Vicki L. Beyer
今回のインタビューにご協力いただいたプロフェッショナル人材・コンサルタント
ワシントン大学のロースクールを卒業後、ボンド大学(オーストラリア)、テンプル大学日本校にて計10年間教鞭をとる。その後、モルガンスタンレー及びアクセンチュアで社内弁護士を務め、現在は一橋大学大学院・国際企業戦略研究科にて教授を務める傍ら旅行専門のフリーライターとしても活動中。 ◆ブログ:https://jigsaw-japan.com ◆Vickiさん執筆記事掲載サイト:https://japantoday.com/
Vicki L. Beyer
25年以上にわたる日本在住歴の背景にあった学びへの探求心
モルガンスタンレーとアクセンチュアで社内弁護士として活動され、現在は一橋大学大学院・国際企業戦略研究科にて教授を務めていらっしゃるVickiさんですが、日本在住歴は25年以上とお聞きしています。そもそも、アメリカで生まれ育ったVickiさんが日本にいらしたきっかけは何だったのでしょうか?
Vickiさん:初めて日本に来たきっかけは、大学時代に弟が自動車事故で亡くなったことでした。大学では国際学を専攻していて、弁護士になるために卒業後も勉強を続けたいと思っていたのですが、突然弟を亡くしたことで学問への意欲がなくなってしまったのです。気分を変えるためにしばらく海外に住もうといろいろ調べている中で偶然出会ったのが日本でした。熊本にあるルーテル教会関係の高校で英語教師の募集があったので、そこに応募して2年間勤めました。
そんなきっかけがおありだったのですね。その後は、一度アメリカに戻られて再度来日されたのですか?
Vickiさん:いえ、実は熊本で教師になる前に国際基督教大学で半年間だけ日本語の勉強をしたのですが、実際に日本で暮らしてみたところ予想以上に日本語の勉強が楽しかったので、もう少し本格的に日本語を学びたいという思いから滞在を延ばすことにしたのです。友人の紹介で入社した東京の法律事務所でパラリーガルの仕事をしながら勉強を続け、結局丸4年間を日本で過ごしました。
その後はロースクールに入るために一度アメリカに戻ったのですが、その時の学校選びにも日本への興味が大きな影響を及ぼしました。アジア、中でも特に日本の法律に関する講義が行なわれているかどうかという観点で学校を選んだのです。結果的にワシントン大学に入りましたが、アメリカ国内で弁護士になるための勉強をしながら日本の法律も学べる環境は非常に刺激的でした。
2度目の来日を果たしたのはロースクール在学中です。ロースクールと並行して通っていた同じワシントン大学の法学修士課程で修士号を取得した後、休学して青山学院大学に留学という形で来日し、大学に通いながら翻訳のアルバイトなどもしていました。
3度目の来日は、青山学院大学への留学を終えてアメリカでロースクールを卒業し、オーストラリアのボンド大学で4年半助教授として教鞭をとった後の1994年ですね。その後日本でいろいろなご縁があり、現在まで日本で暮らしています。
学問への意欲に突き動かされてきたと言っても過言ではないようなキャリアですね!興味のある方向に素早く舵を切れるフットワークの軽さも素晴らしいと思うのですが、3度目に来日されてから現在まではどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
Vickiさん:オーストラリアから日本に来た当初は日本語を学び直すための勉強をしていたのですが、数か月後にテンプル大学の日本校から法学部長として来てほしいとお声がけいただき、教授として5年半勤めました。今振り返っても非常にありがたいチャンスだったなと思います。
その後モルガンスタンレーで14年間働くことになるのですが、そのきっかけは実はテンプル大学での法学部長としての仕事でした。テンプル大学にはアメリカから来る学生も多かったので、個人的な人脈を使って彼らのためにインターンシップ先を探すのも仕事の一つだったのですが、ある時その仕事の一環でモルガンスタンレーの法務部長に連絡したところ「インターンの受け入れはできないけれど、行政面の仕事ができる人材が見つからずに困っている」とのことで、話をするうちに私がその仕事をすることになったのです。学生のための働き口を探していたのに自分がそこで働くことになるなんて変な話ですよね(笑)。
モルガンスタンレーでは、行政面の仕事を頑張ってやって1年程度で片付けたことができて、その後は労働法専門の社内弁護士としてアジア全体13か国を長期にわたり担当しました。ただ、2008年のリーマンショックを機に人員削減関連の仕事ばかりになってしまったこともあり、新たなチャレンジをするため2014年にアクセンチュアに移ったのです。その時すでに50代だったので、できれば最後にもう一度教育の仕事に戻りたいとは願いながらも「そうは言ってもアクセンチュアが最後のキャリアになるのだろうな」と諦めかけてもいたのですが、幸運なことにちょうど一橋大学にポジションがあるというお話をいただき、現在に至っています。
いやぁ・・・すごいですね。非常に珍しいキャリアですよね。
Vickiさん:自分で言うのもなんですが、変わっていますよね(笑)。ですが、教育現場に戻った今は、モルガンスタンレーとアクセンチュアでの17年間の実務経験がある私だからこそ教えられることもあるのではないかと思っています。現在担当している修士課程や博士課程のプログラムは夜間の授業がほとんどで、日中は企業の法務部や法律事務所で働いているビジネスマンが参加しているので、自分の経験を最大限活かした講義ができればいいなと考えています。
旅好きが高じて旅行専門ライターとしての活動も開始
アカデミックな世界からプラクティカルな世界まで幅広いご経験をしてこられたVickiさんですが、旅行専門のフリーライターとしても活動されていますよね?
Vickiさん:フリーライターと言えるほどの活動はしていないのですが、ジャパン・トゥデイ(https://japantoday.com/)というサイトに毎月1本、日本の良いところを紹介する記事を書いており、また不定期ですが雑誌にも寄稿しています。
先日、長野県上田市から日光まで続く「日本ロマンチック街道」をドライブしたのですが、そこに関してもどこかに記事を書きたいと思っているところです。街道の途中にある岡崎酒造という酒蔵に全国でも珍しい女性の杜氏がいらっしゃるのですが、彼女の話がとても面白かったのです。お子さんが3人いらっしゃるワーキングマザーであるとか、小学生のころから酒造りに興味があって杜氏になるために頑張ったとか。
なるほど。旅行がお好きなのですか?
Vickiさん:ええ、アジアはほとんど行きましたし、日本国内も香川県と鳥取県以外はすべて回りました。
すごいですね!日本の良いところを海外の方に伝えるために気を付けていらっしゃることはありますか?
Vickiさん:日本は最近外国人観光客が増えていると思うのですが、まだまだ東京や京都、大阪など有名な場所だけでの話ですよね。本当はそれ以外の場所に行きたい人もいると思うので、まだあまり知られていない場所についての情報を盛り込むこと、そして“how to”や“そこで何を見ることができるか”を伝えること、この2点には気を付けています。また、東京はオリンピックが決まったこともあり観光客向けの取り組みを頑張っている印象がありますが、その他の地域はまだまだ、英語すら通じないところが多いと思います。
マッキンゼーのレポートによると、日本のインバウンドは東洋人に対しては成功しましたが西洋人に対してはまだこれからとのことで、詳しく調査すると、日本に行きたいと思っている人はヨーロッパにもたくさんいるのに実際に行くところまでには至らないという結果が出ているそうです。日本は言葉が通じにくいから怖いとか面倒だという気持ちがあるのかもしれません。
とはいえ、最近は翻訳機能のあるデバイスも気軽に入手できますし、いざとなればジェスチャーなど言語以外のコミュニケーション手段もある。それに、私のようにいろいろなところを旅していると「言葉が通じなくても何とかなるのではないか」と思わせてくれるほど心が開かれている魅力的な人に出会うことがあるので、やはりそういう出会いは海外の人たちにも紹介したくなりますね。以前白川郷に行った時に利用した民宿の奥さんもそういう方でした。すごく元気で、英語はまったくできないけれど心がオープンなのでなんとなく意思疎通ができる。彼女のこともどこかで記事にして、ぜひ多くの人に知ってもらいたいなと思っています。
追求すべきは“LIFESTYLE”
企業の社内弁護士を経て今回改めて教育の現場に戻られたわけですが、教育という仕事の醍醐味とは何でしょうか?
Vickiさん:学者の道に進んだ時はリサーチと論文執筆に面白さを感じていたのですが、今は学生たちに対して“Empowerment”できることが私の情熱の源です。だって、自分が知っていることを10人に教えれば、その10人が私の力を10倍にしてくれるわけですから。そういう意味でも私は学生たちのキャリアアップを心から応援しています。
ご主人はオーストラリアに住んでいらっしゃるそうですが、日本にいらっしゃることも多いのですか?
Vickiさん:ええ、これまでは私がずっと日本にいたので主人が日本とオーストラリアを行ったり来たりしていました。ただ大学で講義のない期間を使って今後は私もオーストラリアに行って研究したり論文を書いたりすることができるだろうと思っています。
今はさすがに違うと思いますが、私が初めて訪れた頃の日本には、特に男性の場合は「朝から晩まで仕事一筋で働くのが当然でその他の趣味があるなんてとんでもない」という雰囲気がありました。でも、仕事以外のことに興味を持つことも大事ですよね。同年代の日本人の友人はよく「定年後にこれをやりたい」と言うのですが、“Life is short”です。定年まで生きられるかなんて誰にもわからない。好きなことがあるのなら、仕事をしながらでも挑戦するべきです。私がライターとして旅行の記事を書いているのもそういう想いから始めたことなのです。
友達には「そんなにいろいろなことに興味があって、よく時間のマネジメントができるね」と言われますが、大事なのは自分なりのプライオリティを決めることとアウトソーシングをうまく使うこと。追求すべきは“Work-Life Balance”ではなく“LIFE STYLE”だと思いますよ。
Vickiさんがおっしゃると説得力がすごいです(笑)。私たちも働き方に関する価値観の幅を広げるべくさまざまな啓蒙活動をしているので、今のお話には非常に共感しました。
Vickiさん:教育の仕事とは別ですが、こういう課題に対するコンサルティングも私がやりたいことの一つです。いろいろな企業の人事部と一緒にダイバーシティのプログラムや“unconscious bias(無意識の思い込み)”をなくすための取り組みができたらいいですね。
偏見かもしれませんが、日本にはまだまだ長時間労働が評価されやすい風潮が残っていますよね。でも、“Work Long”の価値とは何なのでしょうか?本当に評価されるべきは”Work Smart”ではないでしょうか。とはいえ現実には、例えば時短勤務のワーキングマザーがどんなに“Work Smart”を実践していても、その生産性の高さはなかなか注目されません。これがまさに“unconscious bias(無意識の思い込み)”なのです。
日本批判のようになってしまいましたが(笑)、そうは言っても私は基本的には日本が大好きなので、古くから続く文化などは変わってほしくありません。ベースの部分を維持しながら社会の不平等を正したりすることは可能だと思うので、明治維新の時のような大きく前向きな”Change”を、ぜひこれからの日本にも遂げてもらいたいなと思っています。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
Vickiさんの稀に見るキャリアの背景にある向学心とフットワークの軽さへの驚きで幕を開けた今回のインタビュー。フリーランスとしての活動は「本業ではないけれど好きなこと」である旅行記事執筆による海外への日本紹介とのことで、ご本人は「大した活動はしていないのですが・・・」と謙遜していらっしゃいましたが、1時間半にわたったインタビューの中では「追求すべきは“Work-Life Balance”ではなく”LIFESTYLE”」、「“Life is short”なのだから好きなことには挑戦するべき」など心に響く言葉がいくつも飛び出し、お話を聞きながら胸が熱くなりました。
“LIFESTYLE”、つまり“生き方”が先にあり、働き方はそれに付随するもの。その価値観がいい意味で普及し、誰もがライフステージに応じた働き方を選べる世の中が来ることを信じて、私たちみらいワークスはこれからも未来に挑戦する人たちのプラットフォームを目指し続けます。