「ものづくりに込められたたくさんの工夫や想いを伝えたい」 道なき道をゆく若き起業家が提案する『世界とのつながり方』とは
ものづくりによって人生を変えられた起業家が、ものづくりによって世界をつなぐ。
みらいワークスがお届けする『プロフェッショナリズム』、今回のインタビューは福澤知浩さん。
トヨタ自動車を経て独立・起業し、ものづくり業界での経営コンサルティングや業務改善コンサルティングを手掛ける一方、会社員時代から始めた『空飛ぶクルマ』開発プロジェクトの法人代表も務めていらっしゃいます。
幼い頃からものづくりが好きでトヨタ自動車に入り、ものづくりの世界を深く知ることで人生が変わったとおっしゃる福澤さんに、起業に至った経緯や将来の展望など、ワクワクする熱いお話を伺ってきました。
福澤 知浩
今回のインタビューにご協力いただいたプロフェッショナル人材・コンサルタント
東京大学工学部卒業後、2010年4月にトヨタ自動車に入社。調達部の一員として、100ヶ所、1,000回以上の現場出張を行ない改善活動に従事するほか、最大で数百人規模のプロジェクトも統率。また、購入部品のバイヤーとして調達戦略の立案・実行にも携わり、関係各社とともに担当部品で世界最安のコストを実現。2017年1月に福澤商店株式会社を設立。『空飛ぶクルマ』の開発活動『CARTIVATOR(カーティベーター)』を運営する一般社団法人 CARTIVATOR Resource Managementの代表理事も務める。
◆福澤商店株式会社:http://www.f-firm.com/
◆一般社団法人 CARTIVATOR Resource Management:http://cartivator.com/
福澤 知浩
ものづくり起業家 兼 『空飛ぶクルマ』開発プロジェクト代表
トヨタ自動車を経て2017年1月に独立された福澤さんですが、ご自身の会社とは別に『空飛ぶクルマ』の開発活動『CARTIVATOR(カーティベーター)』を運営する一般社団法人の代表も務めていらっしゃいます。空飛ぶクルマのお話は、私たちも最近いろいろなメディアで拝見しています。
福澤さん(以下、敬称略):ありがとうございます。最初はクラウドファンディングで集めた資金やビジネスコンテストの優勝賞金などで得た300万円くらいしかなかったのですが、最近トヨタグループ様から4,500万円規模の支援金を出していただけることが決まり、それがきっかけで新聞などにも取り上げていただいています。ブームになっているこのタイミングで広報活動にも積極的に動いています。
東京オリンピックでの実用化を目指しているという記事を拝見したのですが、具体的にはどういった使い方を想定しているのですか?
福澤:競技場に入ってきた聖火ランナーが空飛ぶクルマに乗り込み、そのまま聖火台に飛んでいって火を点けるという流れを想定しています。今はまだそのイメージを提案している段階ですが、2019年くらいを目途に縦横無尽に飛行できる状態にまで作り上げる予定なので、そこから改めて最終的なプレゼンができればと考えています。
とても夢のあるお話ですね!この活動には初めから関わっていらしたのですか?
福澤:空飛ぶクルマを作り始める前の、トヨタの社員有志で集まって「何か面白いことをしよう」という話をしていた段階から関わっています。
自動車メーカーに入社したからには、やはり多くの人がプロジェクトリーダーを目指しているのですが、新車種の開発リーダーなどを任されるのは早くても40代半ば。20代の若造からすると気が遠くなるくらい先の話です。なので「もっと面白いことをやりたい、じゃあ自分たちで何か作ってみよう」ということでこの活動が始まりました。たくさんのアイディアが出た中から「一番実現不可能だけど一番楽しそうなもの」ということで『空飛ぶクルマ』を作ることに。今は「2020年の東京五輪での聖火点灯を目指そう」という話と「2050年に向けて量産していこう」という話、大きく二つのプロジェクトが進んでいます。
なるほど。これから楽しみですね。
福澤:ようやくトヨタグループ様からの支援金の話もまとまったので、まずはそのお金でコア技術を完成させ、いずれは法人化してベンチャーキャピタルから出資していただくことも視野に入れています。そのためにも、組織作りや広報などの実務を担ってくれるメンバーを本格的に探さなければと思っているところです。
ものづくりが教えてくれた『世界中の人たちとつながっている感覚』
2017年1月に設立された福澤商店株式会社ではものづくりに関するコンサルティングを手掛けていらっしゃるとのことですが、独立に至るまでにはどのような経緯があったのですか?
福澤:キャリアとしては新卒でトヨタ自動車に入社して7年ほど勤めて起業したのですが、トヨタに入ったのも、もともと幼い頃からものづくりが大好きだったからでした。
ものづくりに関して初めて感動したのは小学校でモーターが動く仕組みを習った時。魔法みたいなものだと思っていたモーターが実は理屈で動いているということにすごく感動したのを今でも覚えています。それをきっかけに、大勢の人間が協力し合いひとつのものを作っていく過程が見られる『プロジェクトX』という番組も大好きになりました。
進路選択の時はエンジニアになるか、ものづくりを支える事務方になるかの二択で迷い、「理系から文系には変更しやすいけれど、逆は厳しいよ」というアドバイスもあって、エンジニアの道を選び、大学までずっと理系で進みました。しかし、大学で研究をするうちに「自分には地道な研究を重ねていける忍耐力がないな」と感じ、就職する時に事務方の道に切り替えました(笑)。
トヨタを選んだのは、“ものづくりで世界中のユーザーに笑顔を届けている企業”、それがトヨタだと思ったからです。当時はずっとサラリーマン人生を送るものだとばかり思っていましたね。父親もサラリーマンで、しかもとても楽しそうに働いていたこともあり、父に憧れて小学生の頃から将来の夢は「サラリーマンになること」でしたから(笑)。
面白いですね!サラリーマンになることが夢だったという起業家はなかなかいらっしゃらないと思いますよ(笑)。
福澤:「夢がない」とはよく言われましたね(笑)。でも僕としては、転勤が多いのもいろいろな人に会えるというメリットとして解釈していましたし、なにより父親本人が本当に楽しそうでしたから。
そんな背景もあって入社当時はトヨタに骨をうずめるつもりだったのですが、先ほどの空飛ぶクルマの開発などのいわゆる課外活動を始め、色々な人に会うようになると、東京の起業家の方々が圧倒的に楽しそうだったのです。最初は「自分とは違う人種だろうから関係ない」と思っていたのですが(笑)、だんだんそちら側に行きたい自分がいることに気が付き、どんどん「自分はなぜここにいるのだろう」、「東京に出て本当にやりたいことで起業したい」と思うようになり、最終的に独立を決意しました。
起業から半年が経つそうですが、現在は具体的にどのようなお仕事をなさっているのですか?
福澤:大きく二つあります。一つは社外取締役として深く入り込んで経営をしっかり見ていく経営コンサルティング、もう一つは現場に軸足を置いた業務改善コンサルティングです。後者はいわゆる工場などの製造現場に行き、人件費などを抑えることで原価を下げたり、新工場を建設のアドバイスなどをしており、日当たり、年当たりで対価をいただくというスキームでやっています。
トヨタでもそういったコンサルティングの業務をなさっていたのですか?
福澤:コンサルティングではないのですが、調達部という部署で仕入先の会社さんの現場に入り込んで課題を解決する仕事をしていましたので、その時の経験は今に活きていると思います。
調達部の仕事は、仕入先さんに対して単に価格を下げろという交渉をすることではなく、一緒になって下げる努力をしていく、一緒に汗をかいてより良いものを作っていくことだったので、基本的にはほぼずっと仕入先さんの現場で働いていました。その道数十年の経験を持つ先輩方から現場でいろいろ叩き込まれるうちに徐々に自分でも仕事を回せるようになり、その後さらにビジネス寄りの部分を担当する『バイヤー』に立ち位置が変わったのですが、昔からやりたいと思っていた『ものづくりの現場に関わる仕事』と『ものづくりをビジネスとして捉える仕事』の両方がたまたまその部署で経験できたことは、とても大きな財産になっています。
クライアントとしてはどういった分野の企業が多いのでしょうか?
福澤:基本的にはものづくりの会社さんであればどこでもお手伝いさせていただいています。この半年だけでも、布団、カーペット、IoT機器、インドの自動車メーカーなどさまざまな製造業のお客様とご一緒させていただきました。業務改善コンサルにはトヨタ生産方式を採り入れているのですが、そのまま適用するとどうしても現場寄りになりすぎてしまい、経営的なインパクトが見えづらくなりがちなので、経営的な観点でも効果が見えやすく現場にとっても意義があるような形で応用するように心掛けています。
コンサルティングに入る場合はまず社長さんとお話して一番のニーズをお聞きします。「もっと利益を増やしたい」というような単純な話ではなく、「部長や課長といったミドルマネジメント層が自力で問題解決できるようになってほしい」ということをおっしゃるケースが多いと感じています。そういう場合はミドルマネジメントの方々がご自身でPDCAを回せるようになるための支援をさせていただいたり、業務改善につながる文化を作ったり、マネジメント層の方々の能力を開発したり、といったことを一緒にやっています。
そういったマネジメントのための組織作りやPDCAの回し方などもトヨタで学ばれたのですか?
福澤:そうですね。トヨタでは本当に細かい部分でもPDCAを回していましたし、“情報の見える化”も徹底されていたので。トヨタでは『物と情報の流れを良くする』ということに重きが置かれていたのですが、僕としてはその前提として『感情の流れ』を良くするのが大事だと思っています。トップの想いがいかに現場に浸透しているか、それによってみんながちゃんと同じ方向を向いて頑張っているか。それが一番大事なのではないかなと。
そういう考えから、現在配信しているメールマガジンも『トヨタ流 左脳/右脳の磨き方』というタイトルにしています。とはいえ僕も両方を上手く使いこなせているわけではなく、まだまだ苦戦しているので、その苦戦の日々を書いているようなものなのですが(笑)。
なるほど(笑)。トヨタで得られた経験は大きいですね。
福澤:そうですね。さまざまな経験をさせていただいた中でも一番大きかったのは、人見知りだった自分を変えてもらったことだと思います。
僕が在籍していた調達部は、仕入先さんの窓口として設計・企画・営業など社内のさまざまな部署のマネージャーとコンタクトをとりながら業務を進めなければならない部署でした。新入社員の頃は内線1本かけるのにも緊張していたのですが、ものづくりの現場を知るにつれて、部品一つ一つにたくさんの人たちの工夫や想いが詰まっていることを実感するようになると、初対面の相手でも“ものづくり”によって既につながっている人だと感じられるようになり、人見知りや怖さのようなものがなくなり、昔からの友達のような気分で話せるようになったのです。僕にとっては人生が変わったと言ってもいいくらいの大きな体験でした。
それ以来、「ものづくりの本当の楽しさや、そこに込められている工夫や想いを、世界中の人たちがワクワクするようなやり方で引き出したい」という想いを抱いていて、実は福澤商店としても最終的にはそういった活動を目指しています。伝統工芸品などはそういった背景が語られることもありますが、そういう珍しいものや高価なものだけではなく、普段使っている机やコップなどのなにげないものにも、いかに品質を保ったまま廉価に抑えられるかなどのたくさんの工夫が施されている。そういったことを世の中の人たちが知り、ものづくりに親しみのない人たちも「自分も“もの”を介して世界中の人とつながっているのだ」と感じることができれば、極端な話ですが、戦争も減るかもしれない。
現実的には収益事業になりづらいと思うので今すぐにはできないのですが、最終的にはそういうことができればいいなと思っています。
まずはものづくりコンサルで一流に
今後は、現在のコンサルティングを続けながら、将来的にやりたいことにも少しずつ注力していくご予定なのでしょうか?
福澤:今後3年間では、まずはものづくり業界における自分の得意分野で“一流”と呼ばれる存在になりたいと思っています。
ものづくりの業界はいわゆる頑固な親父さんというか「コンサルやカタカナは嫌いだ」というような方が多いですし、ロジカルに伝えるだけではなく感情にも寄り添って一緒に動かないと変わらないという経験も実際にしてきました。そもそも『ものづくりコンサル』という市場がまだ存在していないとも思うのですが、とりあえずはその分野で一流になりたいですね。会社の規模を大きくしたいというより、いかに一流の方々と仕事ができるかという部分をまずは極めていきたいです。その上で、先ほどお話した本当にやりたいことにも挑戦していきたいなと。
空飛ぶクルマも先ほどの将来的な展望も、夢のあるお話ばかりでこれからが楽しみですね。
福澤:そういうものを追い求めたくて会社を辞めたので、今は独立してよかったと思っています。経営者とも現場とも素直に腹を割って話ができるので、毎日気持ちよく仕事ができ、そういう意味でもすごく充実していますね。
-本日は貴重なお話をありがとうございました!空飛ぶクルマの実現、そして福澤さんの目指す世界の実現を楽しみにしています!
インタビューの中で、目の前のテーブルを見ながら「このテーブル一つとっても『この薄板の中の木材はカナダ産かな?』と思えてきて、カナダの人が木を切っている様子が思い浮かんできます。そう想像するだけで、ほんの少しハッピーな気持ちになれる。普段、ものづくりに触れていない人たちにも、こういう気持ちを感じて欲しいのです」とおっしゃっていた福澤さん。その語り口に福澤さんの人柄が表れていて、聞いているこちらまで幸せな気持ちになる時間を過ごさせていただきました。
独立や起業の先にある、より大きな世界観を目指している福澤さんのように、熱い想いで挑戦するビジネスパーソンが一人でも多く現れることを期待してやみません。